月花の歌姫と魔技の王 (HJ文庫)

【月花の歌姫と魔技の王】 翅田大介/大場陽炎 HJ文庫

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「最後の魔女」が起こした技術革命は「魔法」の世界に「科学」という新たな秩序をもたらした。魔法と科学、双方の力を持つ少年ライルは、科学時代を推し進めようとする幼なじみの貴族令嬢マリーア、そして偶然出会った魔法時代の象徴「幻想種」の少女ルーナリアの間で揺れ動く。2人の少女、2つの時代。世界を変える力を持つ少年が選んだのは果たして!?
うはー、なんて素晴らしく格好良い女性なんだろう、このマリーア嬢。何が格好良いって、生き様でありその精神性ですよ。なんて言うんだろう、見栄と意地の張り方を見事なほどに理解してるんですよ。彼女、決して完璧な人ではないんですよね。裏に回れば、すごくジタバタとあがいている。でも、それを決してライルにだけは見せようとせず、常に自分に余裕があるように見せている。懐深く、思慮深く、聡明で賢く、綺羅びやかに品よく美しく、優しく快活で天真爛漫という瑕疵一つ無い淑女であるのだと見栄を張っているのだけれど、それをただのハリボテにせず本物にするために常に研鑽を積む事を怠らず、努力を重ね、自分を磨き上げる事に労苦を厭わず邁進している人なのである、このマリーアという人は。
とまあ、ただ石ころだった自分を宝石にまで磨きあげただけだったなら、それはそれで凄いけれどそこまで感心はしないのですけれど、彼女はそんな所にとどまっていませんでした。
そこで止まっていたならば、彼女は自分をただ価値あるアクセサリーとして練り上げただけで終わっていたでしょう。
この娘、本当にライルの事、好きなんですよ。愛とは与える事、と言いますけれど、彼女が彼に与えようとしたものは、彼女自身、すなわち心と体だけではなく、ライルの将来そのものでした。魔法と科学、過去と未来に跨った究極の天才であるライルが、今は何もしないことを選んでいる彼が、将来どのような道を選ぼうとも即座に支え守り実行出来るだけの、財と人脈と知をひたすらに蓄え、じっと待っているのです。その選択の中には、本当に何もせずに時代の中に埋没する、という道があるのも承知の上で。今備えている全てが無駄になることも厭わずに。彼に望めば、マリーアはそれこそ何でも手に入れることができるでしょう。世界を手中に収めることすら出来るかもしれない。もっと身近な、ささやかな幸せや利益だって得られるかもしれない。でも、彼女は一切、見返りを求めていないのです。ただひたすらに、与えようとしている。
愛とは与えるもの、をまさに体現していると言っていいでしょう。それどころか、彼女は今あるものを与えようとしているだけではなく、より良い物を、素晴らしいものを、最高のものを与えんとして、常に研鑽を積み続けているのです。
そして、それはライルが天才だからじゃないんですね。
ライルが、マリーアが自分に構うのは、自分の才を欲しているからなのではないか、と疑ってしまったのも無理はありません。それだけ、ライルが備え持つ才の価値は凄まじいものであり、彼女ほど素晴らしくイイ女が労力を傾ける理由としては、才が目当てである方が自然です。そこに愛情というものが介在していたとしても、ライルの才を無視する事など出来ないでしょう。そして、何よりマリーアにはライルの才を活用出来るだけの才がある。
でもね、話は最初から逆だったんですよ。マリーアが今みたいな素晴らしくイイ女になったのも、ライルの才能を活かせるだけの辣腕の持ち主になったのも、全てはライルのため。ライルに見合う女になるためであり、ライルがいざ事を起こそうと思った時に十全彼の力になれるようになるために。ライルを助けられるようになるために。
ライルを手に入れるためじゃなく、ただライルに振り向いて欲しいから。

ここまで女の人に思われるって、いったいどれだけ冥利に尽きるってもんなんだろう。
逆にここまでやってもらって、この男は何をやってるんだ、と思われるかもしれないけれど、男としてもこれ、生半可な気分では受け止め切れないですよ、ここまでされたら。
まあ、マリーア嬢ほどの人ともなると、自分の研鑽も献身も、相手に悟らせず気づかせず、押し付けがましくして背負わせず、ライルの行き方に不純物を混ぜあわせないように上手くごまかしてるんですよね。まったく、どれだけ見返りを求めようとしないのか。ホントなら、ちょっとくらい返して欲しいと思うだろうに。思ってるんでしょうけどね、実際。裏ではジタバタ悶えてますし。でも、それを見せない事が見栄なんだろうなあ。そして、その見栄と意地こそが、彼女を最高のイイ女にしているわけだ。
ライルだって、全然気づいてないわけじゃないと思うんですよね。そんでもって、逆に自分の方が彼女に与える
人間で居たいと願い、彼女にとって格好良いと思ってくれる男でありたいという見栄っ張りなきもちは持っているはず。とある場面で、マリーアに対して慌てて言い繕ってたセリフを見てると、ね。自分が色々と難しい立場に居て、安易に動けないと承知しているからこそ、ライルは慎重になかなか動こうとしないけれど、決してマリーアの献身に対して甘えるようなヌルい男ではなく、それどころか一種の高潔さを持ち合わせた誇り高い人種であることは、作品通して伝わってきているので、もうなんというか、まさにお似合いな二人なんだよなあ。

タイトルの一方でもあり、また表紙を飾ったもう一人のヒロイン、ルーナリアは決して悪くはないんですけれど、初動位置が違いすぎた上に、途中まで精神的にも骸みたいなものだったので仕方ないのですけれど、随分と出遅れてしまった感があります。が、巻き返しはここからなんだろうなあ。ある意味、ライルよりもマリーアと息があっている感じに女同士の友情が醸成されてしまったので、主人公との絡みのみならず、マリーアとの絡みというキャラ立ての飛躍のプロセスが構築されて、以後メキメキと伸びる予感はたっぷりあります。それでも、マリーア在って、という感もありますけれど。しかし、これはこれで、強力なダブルヒロイン体制だなあ、うん。

翅田大介作品感想