東雲侑子は全ての小説をあいしつづける (ファミ通文庫)

【東雲侑子は全ての小説をあいしつづける】 森橋ビンゴ/Nardack ファミ通文庫

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私の一番大切な人に、この本を捧げます。
3年生になり、卒業後の進路を考えなくてはならない英太。東雲はやはり進学するという。特別優れているわけでも劣っているわけでもない自分も、ひとまずそう考えるべきなのだろうと思いながら、自分のやりたい事が分からずに迷う。小説家という夢を既に実現してしまっている東雲と自分を比べて、漠然とした焦燥に駆られる英太だが、東雲と過ごしてきた時間が、彼の望む未来をほのかに照らし始める……。
もどかしく苦いラブストーリー、決心の先へ。

甘酸っぱさには、みかん色がよく似合う。

この物語について、書きたいことはそれこそ山ほどあるのですが、どうにも書き出しに迷ってしまって。そんな折にふと気分転換に眺めてみた表紙から目に飛び込んできた色彩に、私は、ほぅ、と息をついたのでした。表紙と題字を彩る、淡い暖色――オレンジ色よりもなお甘い、みかんの色をした色に包まれた東雲侑子の姿。
振り返ってみれば、一巻の表紙は透明感のある青。二巻の表紙は仄かな熱の篭った桃色。その色と、それぞれで描かれたお話の顛末に思いを馳せれば、自然と微笑みが浮かんでいました。
ああ、そうなんだ。そうだよね。
この恋人たちは、青から始まり、桃色を経て、今や落ち着きながらも甘酸っぱいみかんの色をした時期へとこうして至っていたわけだ。
青春時代、それも受験を間近に控え、将来の選択を迫られ、まだ何も知らない未来に思いを馳せる事を強いられるこの時期に、自分のあり方、進むべき道に悩むことは何らおかしいことではありません。だけれど、英太は深く真剣に一人で悩みながらも、先年の彼のように独り善がりな内側への埋没に陥ることはありませんでした。そこには常に、心の余裕がありました。
思えば……この巻において、英太は一度もあの言葉を発するどころは思い浮かべることすらしていないですよね。
自分は他人の心が分からない人間だ、というあの呪縛の言葉を。
結局、彼は自分の将来を自分一人で決めるのですが、そこに問題らしい問題は何一つ生じませんでした。
二巻において、英太と侑子はお互いに言葉を尽くさ無かったことで致命的なまでに関係を拗らせてしまうところでした。しかし、この三巻でも二人は高校を卒業した後の進路について、お互いに求めていた希望をギリギリまで告げず、全てを決断した後になるまで伝えなかったにも関わらず、二巻の時のような問題は何も発生しなかったのです。何故だろう。どうして今度は拗れなかったんだろう。そんな疑問を抱いた時に、思い起こされたのが言葉で気持ちを伝え合う事に価値を見出さない英太の兄の存在でした。
気持ちを伝え合う事に、本当に言葉は必要なのか。勿論、必要なのでしょう。二巻のトラブルについて、英太と侑子には言葉によって伝えある本音のコミュニケーションが絶対に必要でした。それが行わなければ、二人の関係はそこで破綻し崩壊していたでしょう。しかし、その言葉によるコミュニケーションが常に必要なのか、というと、そこに価値を見出そうとしない英太の兄の考え方も決して間違ってはいないのです。心は、言葉を介在させなくても繋げられる。実際、有美さんと兄貴はそうして繋がっていました。さすがに、あの兄と有美さんほど極端で特殊な在り方は、英太と侑子は真似出来ないでしょう。英太たちの両親の様子を見ていると、どうやら三並家ではむしろ両親や兄貴たちの関係の方がスタンダードのようですが、英太たちには相応の言葉と気遣いは必要でしょう。それが普通であり、そして英太と侑子は今や「特別」から脱し、「普通」の恋人同士となったのですから。
それでも、「普通」だからと言って何から何まで言葉で伝え合う必要はありません。「普通」の恋人同士としてではありますが、英太と侑子もまた、兄貴たちと同じ心の繋がったステージへと至ったのではないでしょうか。
穏やかに、そして大事に同じ時間を重ねあい、育み合う二人の姿に、そんな思いを抱いたのでした。
たとえ、お互いの意思が食い違っても、望みがすれ違っても、心さえ繋がっていれば何も壊れはしないのでしょう。それは、きっと寄りかかり合う依存した関係ではなく、独り独りが自立して、その上で共に在る関係。
あれほど拙く危なっかしかった……少し触れただけでバラバラに砕け落ちてしまいそうなほどの繊細さを感じさせた二人の恋愛が、こんな所まで来たのかと思うと、その変化に驚くばかりであり、じわりと滲み出すような嬉しさに見舞われます。

そうして、二人はその視線をお互いから外し、周りを見渡す余裕を得ました。そこに広がっていたのは、自分たちと同じように、しかし全く様相を異にする様々な恋愛を紡いでいる身近な人達。東雲侑子は、そんな彼らを題材にして小説を書き始めます。タイトルは恋愛学舎。その内容は彼女「西園幽子」のそれまでの作風からまたスルリと服を脱ぎ捨て、普通のわかりやすい平易な言葉でゆっくりと綴られた恋愛短編連作集。彼女は、この本を自分の一番大切な人に捧げるのです。
思えば、一巻で書かれていた彼女の短編は、現実世界から遠い、空想の果て、或いは人の介在しない世界の物語でした。そして、二巻ではひたすらに自分たち、東雲侑子と三並英太の二人の世界が描かれていました。そして、この三巻で紡がれた物語は、ついに長編ではなかったものの、自分たちだけではない広がった世界の、様々な人の物語。それが、いくつも繋がって綴られている連作として書かれたものでした。そして、その連作のなかには、ちゃんと侑子と英太の姿も存在しています。そんな本を、侑子は旅立ち、しかし離れることのなかった最愛の人へと贈るのです。
自分の姿を、貴方と関わり繋がって変化した今の自分の在り方を、そっと届けるようにして。
そして、最後にあの言葉を寄り添わせたのです。

恋愛学舎の最後のページに、いったいどんな文章が記されていたのか。それは、実際に本を手にとって目を通してみてください。それ以上は、もう何も此処には書きません。
その時の感動は、胸に灯った温もりは、ただただ私だけのものです。


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