天鏡のアルデラミン―ねじ巻き精霊戦記 (電撃文庫 う 4-4)

【ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン】 宇野朴人/さんば挿 電撃文庫

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のちに名将と呼ばれる少年──。
その半生を描く壮大な架空戦記


 隣接するキオカ共和国と戦争状態にある大国、カトヴァーナ帝国。その一角に、とある事情で嫌々、高等士官試験を受験しようとしている、一人の少年がいた。彼の名はイクタ。
 戦争嫌いで怠け者で女好き。そんなイクタが、のちに名将とまで呼ばれる軍人になろうとは、誰も予想していなかった……。
 戦乱渦巻く世界を、卓越した才で生き抜くイクタ。その波瀾万丈の半生を描く、壮大なファンタジー戦記、いよいよ開幕!
凄いの来たぞ、これ。
いかな電撃文庫とは言え、ここまでガチな戦記ものは早々見当たらないはず。一応これ、ファンタジー戦記にはなってますけれど、読んだ感触からして戦術論がなんちゃって架空戦記のレベルじゃないんですよね。まだ本格的な戦闘は行われておらず、メインは模擬戦闘なんですがこれが凄い正道に則ってるんですよ。
この戦闘シーンで敵を手玉に取るイクタの作戦は、一件破天荒で奇想天外に見えますけれど、その作戦内容を詳らかに解体していくと、いっそ質実剛健と言っていいほど戦術論の基本原則に則っている。勿論、作戦目標を達成するためのひとつひとつの手段には柔軟な発想と自由かつ大胆な応用力が活用されているのですけれど、大元の部分を見るといっそ教科書的と言っていいくらい。決してこれ、奇策や常道から外れた戦術じゃないんですよ。この主人公のイクタの口癖が「それは科学的じゃないね」なのですが、まさに合理主義の権化みたいな、思いつきの行き当たりばったりじゃなく体系化された戦闘教義なのです。
ライトノベルの戦記モノでは、それこそ知将謀将名軍師に辣腕参謀、と知略戦に長けていると標榜したキャラがたくさん出てきますけれど、それらって大概、敵の心理を読み取った上での作戦指揮が大半で、実の所合理的な原則論に基づく教科書―教範に記されているような基本的な作戦立案、部隊指揮、部隊運用などについてはなあなあで済ましたり、蔑ろにされがちなんですよね。
その点、このイクタは土台からして違いすぎる。こいつ、マジでガチです。というか、作品自体が戦闘描写からしてこれファンタジー戦記よりも相当にミリタリー戦記色が強烈なのを鑑みると、作者さん本物の戦闘教範とか近代以降の軍事学書を結構読み込んだ上で書いているとしか思えないんですよね。
「一般方向」なんて軍事用語がさらっと出てくるとか、おかしいもん。
それ以外にも、戦術論のみならず、部隊運用や指揮官の心構えや思考の置き方、方向性なんかが近代以降の軍隊のそれ、なんですよ。
参ったね、今時ここまでガチでやってるのって【榊版ガンパレ】か神野オキナさんの【疾走れ、撃て】くらいなんじゃないだろうか。これらが現代を舞台にしたミリタリーものだというのを鑑みれば、ファンタジー戦記でこれだけミリタリー色濃く書いているのはそれこそあの【皇国の守護者】くらいしか思いつかない。
驚かされたのが、同じ作者が書いてた最初のシリーズ【神と奴隷の誕生構文】は、同じファンタジーにSF色も交えた戦記モノだったんですけれど、決してこんな「ガチ」の戦記ものじゃなくて、むしろ雰囲気任せのそれだったんですよね。あれはあれで面白かったし、続きが出ないのは残念なんですが……いや、化けた化けた。
考えてみると、このイタクという主人公、ゼークト将軍が語ったとされる有名な組織論「有能な怠け者は前線指揮官に」というそれにピッタリ当てはまる。それこそ、彼自身が楽をして怠ける為の努力を怠らない、と公言するまんまなキャラだ。実際、彼は怠け者ではあっても無気力な人間とは程遠い熱量を秘めている。必要なことを最低限必要なだけして後は何もしない、誰かにせっつかれないと動かない、という人じゃないんですよね。思いの外、ちょこまかと動いているし、いざとなると激情を抑えない。口上上手の演説好き。得意分野に関しては他人に語って論じることを好み、有象無象を煽り立てる扇動家の資質も多分に有している、という点を考えみても、有能な怠け者ではとみに有名な【銀河英雄伝説】のヤン・ウェンリー提督などと言った類型からは随分と外れている。
面白い、実に面白い。

そんな彼を取り巻く仲間たちも、また実に興味深いキャラクターが揃っている。士官候補生として試験を受けに行く途中に、皇女とともに遭難したのをきっかけに、五人の男女が「騎士団」として一生ものの絆を手に入れるのだけれど……それぞれが個性的であると同時に立ち位置が面白いんだよなあ。今は任官前の准士官ということで、学生気分の友達感覚なんだけれど、これが小隊ながらそれぞれに部隊を率いている場面に至ると、ちょっと印象変わるんですよね。いや、変わらないながら変わった、というべきか。なんて言うんだろう、多分この五人、時間を経ずにどんどん立場があがっていき、それぞれに大きな責任を負う立場、軍の司令官クラスになっていくと思うんだけれど、五人の距離感は変わらない気がするのです。いい話、というだけの事じゃなくて、一軍を率いる将軍クラス同士が身内感覚で繋がっているのって、いざって時の柔軟性がパない事になるんですよね。模擬戦でそれぞれ部隊を率いて動いているのを見た時、これが大隊、連隊、師団級の規模の軍勢を率いるようになったらどうなるんだろう、と想像してなんか毛穴が広がるような気持ちにさせられました。
尤も、イクタにはそんな絆を根こそぎ食いつぶすような裏切りの芽が植えられてしまったのですが。

正直言って、あれは無茶振りにも程があるw 
戦争なんてものは、勝ってなんぼです。負ければ、百年二百年の禍根が残る。負けて良かった、なんてことはまずあり得ない。勝って地獄、負けてより酷い地獄が戦争です。結果的に良に転じた部分があったとしても、差し引きで考えればとんでもないマイナスが絶対何処かで唸っている。
なればこそ、イクタに託された舵取りが、どれだけ難易度が高いシロモノか。許容される成功ラインが毛先ほどしかありゃしない。そもそも、事前に予測しなきゃいけない着地地点が正しいものかも、降りてみないとわからないときた。事前の想定なんて、どれだけ緻密な諸元を入力して計算したとしてもあてになるもんじゃないんだから。何よりこいつ、まだ任官したての実戦もまだ経ていないぺーぺー士官なんですよ? 無茶振りにも程がある!
だからこそ、こいつは史上最高の、勝つよりも難しい決着を求められた英雄になるわけだ。ここまで高い要求をされた主人公は、なかなかお目にかかれない。まったく、どこが怠け者だよ。その道は、全然「楽」なんかじゃないんだぜ?

そんな彼のパートナーというべき存在が、ヤトリという軍人少女なのですが……このヒロインも面白いよなあ。特に、イクタとの関係がまったくもって不可解で面白い。いったい、この二人どういう関係なんだろう。とてもじゃないけれど、ヒトコトじゃ言い表せない関係なんですよね。凄く以心伝心に心の内から通じていて、お互いにお互いのことを深く信頼し、信用し切っているにも関わらず、同時にドライで割り切った関係にも見える。同志であり共犯者であり姉弟のようであり素っ気ない他人同士のようであり。ただ少なくとも、一緒にいて反発したり意趣を抱いたり、ということだけは今のところ一切ないようなのです。傍にいることを、受け入れ切っている。自分を押し付けるようなこともない。ベタベタするようなことはまるで無いんだけれど、凄く信頼しあっていることだけは確信できる。
それは、彼女がむしろ女性的な感情から遠い、鋼と清流と誇りで構成された軍人の鏡みたいな人間であるという理由も多分にあるんだろうけれど……うん、もし男女の関係に発展するにしても彼女の恋愛感情というのはきっと涼風の如し、なんだろうなあ。あー、この人、好きだわ。すごい好き。かっこ良くて気持ちのいい女性って、大好き。

さあ、さあ、さあ。まさにまだ始まったばかり。シリーズは「起」の部分が立ち上がったばかり。ならばこそ、この時点での期待値の膨らみようといったら、稀に見る勢いだ。もう、楽しみで仕方ない。ワクワクが止まらない。
文字通りの期待の新シリーズ、ここからどれだけ飛躍してくれるか、想像するだけで血が滾りそうです、わはーー♪

宇野朴人作品感想