エスケヱプ・スピヰド 2 (電撃文庫 く 9-2)

【エスケヱプ・スピヰド 弐】 九岡望/吟 電撃文庫

Amazon

失くした羽の分だけ、少年は高く翔ぶ──
最強の兵器《鬼虫》たちの神速アクション第2弾!


 自国の今を知るため、帝都・東京にやってきた九曜と叶葉。復興の進む街で、九曜は機械兵を連れた不遜な少女に襲われる。『第三皇女・鴇子』だと名乗る少女は、九曜に自らを守るように命令する。
 誰から何故追われているのか記憶がないと言う鴇子。九曜は訝しむが、叶葉は彼女を放っておけないと言う。叶葉の懇願により、九曜は鴇子の情報を求めて軍の地下施設を訪れる。そこで彼を待ち受けていたのは、全滅したはずの《鬼虫》シリーズのひとりだった──!? 第18回電撃小説大賞〈大賞〉受賞作、第2弾登場!
そうして、二人は旅に出た……。

旅というのは自分の中ではちょっとした特別だ。今在る場所を離れ、親しい人達を残し、目的地無く遠くへ遠くへ行ってしまう。その傍らにはただ一人の大切な人。
そんな物語の中のシチュエーションに、若い頃から胸の鼓動を高鳴らせる。

【エスケヱプ・スピヰド】の2つ目は、そんな旅立ちを経た九曜と叶葉が二人で一緒に初めて見た新しい世界だ。今まで見知り馴染んだ区切られた範囲から飛び出し、まだ見ぬ空を仰ぎ見ながら自分の世界を広げていく。
それが、大切な人とのふたりの旅路だったならば、なおさらに世界は拡大していく。手と手をつないで、お互いの存在をとても近くに感じることで、その繋がりを起点として錨となし、後ろを振り返って今まで歩いてきた道を思い返すことも、今立っている場所をぐるりと見渡すことも、前を向いてこれからゆく道に思いを馳せることも容易になる。一人旅は、世界の中に溶けこむようなものだとすれば、二人旅は世界の広さを感じると同時により強くお互いと自分を意識させる。

況してや、九曜と叶葉。二人はまだ子供でしかなく、世界がどんな色をしているか、どんな音を奏でているか、どんな匂いがしているか、どんな感触をしているのか、まだまだまだ全然何も知らない見るもの全てが新鮮で、鮮烈な世代である。どちらが導く旅でもない、目的がある旅でもない。ただ、世界の広さを感じ取り、その只中でお互いを感じ取るための当て所のない闊歩である。
その二人が目の当たりにする新しい世界は、かつて一度滅びた世界だ。大きな戦争によって様々なものが潰えた、壊れた世界だ。
しかし、何も知らない二人の目を通じて見る世界は、訪れた大都市・帝都東京はそこで生きる人々の活力に満ち溢れている。崩れ去り廃墟が乱立するはずの廃都は、今新たな生のうねりに古い皮を脱ぎ去って喝采をあげているようにすら見える。
活況だ。それも、雑然と無秩序で、それ故に止めどない伸びやかさに育まれた、放埒とした新しさだ。滅びたはずの世界の、何と賑わしいことだろう。過去のくびきから解き放たれた九曜と叶葉の旅する世界は、彼女たちの目を通して見える世界は、そんな生気に満ち溢れている。
これが、【エスケヱプ・スピヰド】の世界なのだと実感する。
振り返ってみれば、この物語に登場するキャラクターの殆どは、過去の遺物であり未来に取り残された残滓のようなものだ。冷凍保存され現代に目を覚ました過去人である叶葉。同じく長き眠りから目覚めた戦時の英雄、鬼虫の一角・九曜。皇統の末であり遺産を引き継ぐ第三皇女・鴇子。その彼女を古き約束の元に見守り続ける寡黙な守人・菊丸。帝都・東京のスラムで巡りあった四人は、突如過去から放り出されてきた異邦人だ。それぞれに、己の中の理由を過去に置き去りにしながら、その決着を求めるため、或いは置き去りにして失ってしまったものを取り戻すために、見知らぬ新しい世界の中でもがいている。
そんな二組が……片や既に過去の想い出に決着をつけ、傍らの人と新たな世界に飛び出しその真の住人となるべく旅に出た叶葉・九曜と、失った過去に焼き付けられた強い衝動に駆られて刻まれた痕跡を探し続ける鴇子と、全てを知りながら黙然と彼女を庇護し続ける菊丸たちが出会い、再び今を生きる事と過去から追いかけてくるものとがぶつかり合い、鍔迫り合いし、火花を散らして闘争するは、まさにこの物語の根幹であり象徴のようなものなのだろう。
すなわち、これは過去と現在と志向する未来との闘争と和解の物語なのだ。その担い手が、ことごとく過去人であるというのもまた感慨深い。いずれ、また生まれながらに現在を担うキャラクターが出てくるのかもしれないが、今は過去から未来を網羅するこの幼いと言っていいほどの少年少女が主人公だ。
そして、新たな出会いはまた伸展を生むきっかけになる。同世代の友人という鴇子たちの存在は、九曜たちに更なる世界の拡大をもたらすのだろう。

ならば、再会は?

考えてみれば、この再会もまた約束されたものだったのだろう。羅刹の巴と夜叉の剣菱。九大鬼虫のすべてが、竜胆と九曜を残して消えてしまった、などとそんな馬鹿な話があるかと思っていた。強いてこれが一冊完結の物語ならばそれも在り得ただろうが、シリーズものとなれば鬼虫ほどの重要なファクターをすべて片付けて閉まってしまうのは如何にも勿体無い話である。
頼もしい味方として、かつてと同じ若き九曜を弟として可愛がる姉兄として現れてくれた剣菱と巴。そんな彼らは、果たして「追いかけてきた過去」なのだろうか。
前に進まず過去に留まり、そこから九曜たちの背を押して前に歩くことを教えた竜胆と、彼らはまた違うのだろうか。共に、歩んでくれる家族なのだろうか。
巴たちから見た九曜は、随分と変わっていたようだ。実際、一巻の頃の彼や過去の回想に垣間見る九曜の姿からすると、今の彼は未だ硬質の融通知らずの側面はあるものの、ムキになりやすかったり実は短気だったり、優しかったり実は甘えん坊なところがあったりする子供っぽい感情や姿勢を、歳相応の姿をごく自然に見せてくれるようになっている。大人しげに見えてバイタリティの塊である司令にして相棒たる少女・叶葉の影響は、多分に大きい。
その変化を、二人の兄姉は好ましいものとして笑顔で喜んでくれている。竜胆との決着もまた納得し、少なくとも、彼らは変化を受け入れている。
なればこそ、彼らは絶対的な味方なのか。
量産型鬼虫などという過去の妄念が登場し、鴇子の記憶にあるという遺産を巡って争いは起こっているものの、実の所明確な敵の姿は今は見えない。
敵はなんなのか。
少し不穏なフレーズを刻んでこの巻が終わってしまっただけに、一抹の不安が逃れ難くこびりついてしまっている。竜胆の選んだ戦いも、また家族への、兄弟への「愛」だったのだと知っているからこそ、一抹の不安は消えてくれない。

物語は皇室や米国など、マクロな設定に基づく大風呂敷を広げつつ、並行して個々の内側に踏み込むマクロな視点も丁寧に積み重ね、作品としてダイナミックに躍進を得ようとしている。ワクワクするじゃないか。
このまま、特大の目玉シリーズとして飛躍していってくれと、願うばかりだ。

一巻感想