ムシウタ  12.夢醒める迷宮(上) (角川スニーカー文庫)

【ムシウタ 12.夢醒める迷宮(上)】 岩井恭平/るろお 角川スニーカー文庫

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“始まりの三匹”を吸収、統合しつつある虫憑き超種一号“C”の殲滅作戦が、魅車八重子により発令された。“OPS1”霞王など戦闘力が高い虫憑きを集めた照を指揮官とする“C”殲滅。“OPS2”ハルキヨによる“眠り姫”の覚醒。“OPS3”ふゆほたるとむしばねによる“大喰い”の殲滅。48時間のタイムリミットのなかで、虫憑きたちの全勢力をもって決戦が始まる!そしてすべての力を使い果たした最悪の一号指定“かっこう”は―。

触れてはいけないものに触れやがったな、この女!!
彼女は禁忌だったのだ。不可侵の誰も触っちゃいけない眠り姫だったのだ。彼女を起こしていいのは、彼女自身か約束を果たした二人の男、薬屋大助とハルキヨだけだったのに。


憤激、これは憤激だ。ちきしょう、「眠り姫」の復活をどれだけ心待ちにしていたと思う。12巻の表紙絵の、目を覚ました亜梨子の姿にどれだけの興奮と感動を抱いたと思う。
それが、それが……。
よりにもよって魅車八重子の都合で無理やり目覚めさせられるだと!?
亜梨子がどれほどの想いで、眠りについたと思ってる。大助やハルキヨたちが、どんな想いで眠る亜梨子を見送ったと思っている。それを、この女は……っ、無造作に、無神経に、嘲笑うかのように、嘲弄するかのように、眠り姫を起こすのだ、などと宣いやがって。
それだけじゃない、このオンナ、これまでだってろくなことしてこなかったが、それを上回る勢いでこの巻だけでその悪行が明らかになった?。Cを、エリィをあんな目に合わせて、リナを陥れてあの流星群の戦いを汚し、挙句に……あの戦いを覚えている人ならその死に様が焼き付いているだろう彼女にあんな仕打ちをしでかして。
こ、こ、これほど「グギガガガガガ」と悪役に対して憤激がこみ上げてきたことがあっただろうか。とまれ、何が許せないかって、ムカツクかって、現状こいつは敵ではなく、虫憑き側の最高指導者というポディションに居る事だ。なんで敵じゃないんだよ。ぐぎががががが。
すべてはすべては、彼女の手のひらの上で踊っていく。
そして、そんな彼女の想定をも上回る勢いで、全部の可能性が、未来が壊れていく。

絶望の種が、ものすごい勢いで花を咲かせて覆い尽くしていく。
「照」が、多分いちばん小物で人を率いる器に無くて、それでもなお最優の指揮官たる資質を秘めた虫憑きの主導する作戦1も、眠り姫を起こすためにずっと動いていたというハルキヨをメインに据えた作戦2も、絶望的なまでの状況だ。
果たして、ここから巻き返せるのかというほどの、圧倒的な絶望だ。ちょっとここまでするのは酷いんじゃないかというくらいの追い詰めようだ。
BADEND一直線である。
これほどの苦境をひっくり返せるのなんて、それこそ「かっこう」か「槍使い」しかいないというのに、その二人共が既に潰えてしまっているのだ。ヒーローは、もういない。

しかし、だ。

気づいたか? 切り札は、既に切られている。

思えば、「かっこう」が欠落者になる直前に「さっさと目を覚ましやがれ」なんていうのはちょっとおかしいんですよね。彼女は、目を覚まさせたらいけない人なのに。彼女が目をさますことで、今の世に出てはいけないものが出てくるというのに。それでもあの「かっこう」が感傷だけでそんな言葉を発するはずがない。根拠があるはずなのだ。彼女が目を覚ましてもいい理由が、彼女が目をさますのだという確信が、「かっこう」には既にあったのだ。
つまり、彼は既に手を打っている。切り札を切っている。
思い出してみるといい、彼の、東中央支部に飛び込んできた虫憑きを救う切り札の存在を。
その人物は、ハルキヨの元に手紙を持って現れた。そう、あのロップイヤーの謎の人物である。ハルキヨの真の目的を知っている大助が、彼に託した存在こそ……かの「うそつき」じゃなかろうか。
彼ならば……不死の虫を何とか出来る可能性がある。

そしてもう一人の切り札。これを切ったのが果たして誰かは分からないが、二人存在する「兜」、これがキーワードだ。
ラストシーン、ムシバネの方の描写で何故兜が二人いる!? と面食らったが、居た、居たじゃないか、もう一人。嘘を本当にしてしまう「うそつき」が。
本物は、あとから出てきたほうだ。じゃあニセモノは?
考えてみれば、妙だったんですよね。何故、真琴たちの絶体絶命のピンチの時に「かっこう」が助けに入ったかのような描写があったのか不思議だったんですよね。危急時の幻覚、にしては現実に実際、扉はぶち抜かれていた。でも、欠落者となったかっこうが、その場面だけ都合よく現れて、消えてしまうなんてことあり得ない。
あり得ないはずなんですが……一人だけ、それを再現できる奴が居るのです。

彼女なら、彼女の虫の能力なら、その使い方の発想さえ過たねばこの状況を打開できる可能性が、あるのでは?
南金山叶音と喜多沢環。この二人こそ、今繰り出されてる最大の切り札ではなかろうか。

そう、可能性は幾つも転がっている。切り札だってこの二人だけじゃない、未だ伏せられたままの札は幾らだってある。土師圭吾やアリア・ヴァレイがこのまま眠り黙ったままだろうか。他にも、キーパーソンとなる人物はまだまだいる。
なにより。
あの一之黒亜梨子がここまま崩れるか? あの「誰の思うとおりにも動かない」とんでもない女が。
そして、主人公であるかっこうが。

既に状況は、クライマックスだ。だが、まだまだ登るべき山場はいくらでも残っている。全部、ここからがスタートなのだと思えば、この絶望の嵐すら高揚を誘うばかりである。


しかし、なんちゅうか……みんな亜梨子大好きだよねえ。今回、これまで頑なに触れられてこなかった「槍使い」について、皆思い出したかのように語り始めるんだけれど、彼女を直接知っているメンツが語る彼女の姿は、まさに伝説であると同時に、これ以上無く親愛の情が篭っている。霞王も、ハルキヨも、ねねも七那も、皆が皆、だ。いい具合に捻くれてしまったみんなが、彼女の事を語るときにはなんであれだけ親愛が籠もるんだろう。
今更ながら、彼女の存在の大きさを思い知る。彼女が眠ってしまったからこそ壊れてしまったもののなんと多いことか。霞王なんて、完全に亜梨子シンパじゃないか。あんた、その物言いは「親友」そのものだよ。

すべての一号指定を糾合し、特環とムシバネ、フリーランスの垣根をとっぱり、百以上の虫憑きを率いて大食いと戦った、「虫憑き」ではなかった普通の少女の戦いは「流星群の夜の決戦」と呼称され、今となっては伝説の戦いである。当然だ、そんな信じられない出来事が、本当に起こったなんて、お伽話みたいなものじゃないか。
早すぎたお伽話のような伝説の戦い。それを、もう一度この目で見たい。それだけを請い願うばかりだ。
その為には、やはり「亜梨子」の復活を!!


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