マグダラで眠れ (電撃文庫)

【マグダラで眠れ】 支倉凍砂/鍋島テツヒロ 電撃文庫

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『狼と香辛料』の支倉凍砂が放つ新シリーズ、
“眠らない錬金術師”の物語、ついに開幕!!


 人々が新たなる技術を求め、異教徒の住む地へ領土を広げようとしている時代。錬金術師の青年クースラは、研究の過程で教会に背く行動を取った罰として、昔なじみの錬金術師ウェランドと共に戦争の前線の町グルベッティの工房に送られることになる。
 グルベッティの町で、クースラたちは前任の錬金術師が謎の死を遂げたことを知る。その足で出向いた工房。そこでは、白い修道女フェネシスが彼らを待ち受けていた。彼女はクースラたちを監視するというが──?
 眠らない錬金術師クースラと白い修道女フェネシスが紡ぐ、その「先」の世界を目指すファンタジー、ついに開幕!
【狼と香辛料】の魅力というと、何よりもロレンスとホロの丁々発止の掛け合いの面白さと、男女の駆け引きのニヤニヤさせてくれる度合いでした。とはいえ、幾つかのショートストーリーではロレンスやホロが出ない話もあったのですが、それでも抜群の面白さがいささかも陰りを見せなかったのを思えば、新作への不安など無きも同然でありました。
あとは、いったいどんな話なのか。メインとなる登場人物たちの為人はいかなるものなのか。募る興味の方向性と言えば、そんなものばっかりだったと言えます。なので、最初に本作の表紙とあらすじを見た時には、硬質で鋭く容赦のないタイプのヒロインが、キリキリと錬金術師の主人公を締めあげていきながら、付き合っていくと同時にその厳しい態度に柔らかさが混じりだし、真剣なぶつかり合いの中にもほんのりと温かい交流が生まれ出す、というパターンを想起していたんですよね。特に、女性上位という点については疑いもしていなかったのでした。まあ、完全に思い込みだったのですが。
まさか、こんなにも純真でか弱く疑うことを知らない子羊みたいな娘さんだったなんて。狼さんからすると、ついつい甘咬みしながら甚振ってオモチャにして遊んでしまうタイプの子だよなあ、これ。ホロだったら、これ咥えて離さないぞ。
これには結構驚かされた。思い返してみると、【狼と香辛料】では殆どこうした「弱い」子は出て来なかったんですよね。どんなタイプの人でも、それぞれに生きることへの強かさを懐剣のように握りしめていた強い人達だったように思う。皆が、立場や現状に関わらず、自立して生きるという気概に満ちていた。
その点彼女…フェネシスは常に拠り所を必要とせざるを得ない生き方を強いられてきた子だったと言える。故郷も居場所も、生きる意義も価値も何もかも奪われ、許されず、認められず、生存そのものを否定されてきた子だった。
彼女は、強さなど持ちようのない環境で辛うじて生き延びてきた、弱いことを運命づけられた子だったと言っていい。逆に言うなら、フェネシスは弱いなりにここまで生きてこれるだけの何かを持ってたという考え方も出来るんですよね。諦めに朽ち果てそうになりながらも、今まで生きることにしがみついてこれるだけの執着があった。それでいて、歪むこと無くうつむいて視線を落してしまうことはあっても、人を見るときはまっすぐ見つめることの出来る子で居続けた。考え方は浅慮ですぐに思考誘導を受けてしまうほど単純だけれど、じっと物事の本質を、他人の心の在り様を、その純真さ故に、単純さ故に、深く深く一筋に見抜く事のできる子で居続けたのでした。
その人当人ですら見失ってしまうほどほころびてしまった真実を、歪んで曲がって見えなくなってしまった真理を、見つけてくれるほどに。
何故、異端者で破綻者で探求者である錬金術師のクースラが、こんなか弱く儚い少女に惹かれていったのか。その理由については本編を御覧じろ。しかし、これだけは間違い無いと思うのだ。ここで描かれる恋は勘違いなんかじゃない。幾つものベールに覆われた心の奥底を、本音と本性と真実をチップにして繰り広げられるゲームの執拗な駆け引きと狡猾なやり取り、無意識の選択と無数の決断、容赦のない踏み込みと暴きによって、生まれたままの姿にまで剥き出しにして、そうして見つけた「マグラダの地」が、夢のカタチが、フェネシスの姿をしていたのだ。クースラにとって、それこそが錬金術師としての真理であり、夢を叶えたその向こう側だったのだろう。
その「先」へ。

やはり、支倉さんの物語は素晴らしい。何故、この人の話はこんなにも心をときめかせるのか。多分、常に手探りで、見えない相手の心の内を覗き見ようと手練手管を駆使して行われる、会話や駆け引き。そんなコミュニケーションという摩擦によって生じた化学変化による色取り取りの火花が、パチパチとちらついて、本来なら見えない他者の心の内側を垣間見せてくれるからなんだろう。そして、火花は綺麗なもので、ついつい胸高鳴らせ目を奪われてしまうものなのだ。
そして、そんな火花は背景が深く重く質実であるほどに、よく映える。
重苦しいほど重厚で、どこまでも沈んでいきそうなほど深みを感じる中世の時代感。その狭間で生きる人々の営みと、それを囲う社会の在り様。それすべてが、そこに生きる人々の心の在り様に莫大な暗闇と、光を求める意志を与えてくれる。光とはまた夢であり、他者であり、理解者であり、共に闇を共有してくれる人のことでもある。そんな闇を恐れ、しかし光を求める人達の、強かな切実な飢餓の先に、支倉さんは満ち満ちた想いを用意していてくれるのだ。
だからこそ、安堵に温まり、にやけた笑みが浮かんでくる。困難の果てにある達成感に、心が踊る。それすべてが、ときめきでありきらめきなのだろう。だから、素敵な物語なのだ。

自分の夢の輝きを取り戻した二人の男女。その物語は、まさに今ここに始まったばかり。取り戻したその先に待つ輝きは何なのか。これから始まる素敵な真理の探求に、今から心浮き立つばかりです。
あー、フェネシスは癒し系だなあ。

支倉凍砂作品感想