冴えない彼女の育てかた (富士見ファンタジア文庫)

【冴えない彼女の育てかた】 丸戸史明/深崎暮人 富士見ファンタジア文庫

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これは俺、安芸倫也が、ひとりの目立たない少女をヒロインにふさわしいキャラとしてプロデュースしつつ、彼女をモデルにしたギャルゲームを製作するまでを描く感動の物がた…「は?なんの取り柄もないくせにいきなりゲーム作ろうとか世間なめてんの?」「俺にはこのたぎる情熱がある!…あ、握り潰すな!せっかく一晩かけて書き上げた企画書なのに」「表紙しかない企画書書くのにどうして一晩かかるのよ」「11時間寝れば必然的に残った時間はわずかに決まってんだろ」「もうどこから突っ込めばいいのよ…このっ、このぉっ!」…ってことで、メインヒロイン育成コメディはじまります。
エロゲ・ライターのラノベ進出は昨今珍しくはなくなりましたけれど、それでもこの人の登場には、満を持して、という言葉が思い浮かびました。丸戸史明、シナリオライターの中でも紛うことなき第一人者の一人として列挙される方でありましょう。私の場合、『パルフェ 〜ショコラ second brew〜』『この青空に約束を―』しかプレイしておらず、この人の作風についてあれこれ語れるほどには習熟しているとは言えないのですが、それでもこのヒロイン配置、ある意味すでに物語が始まっていて終わっているのに続いているという関係の女性が事前配置されているあたりは、私がプレイした両ゲームでも見られたもので、ついついこの人らしいな、と思ってしまった。全年齢版じゃなかったら、行くところまで行ってたんじゃないですか?w

しかし、てっきりタイトルにもある「冴えないヒロイン」の加藤恵が表紙を飾っている女の子なのかと思ってたら……全然違うじゃないか!! いや、野暮ったいメガネを持ってるわ、ジャージを羽織っているわ、と冴えなさそうなアイテムをお持ちになっているものだから疑いもしてなかったのですが……違うし! 恵ちゃん違うし! 既に改造済みの子だったし!!
一応、タイトルからしても、内容からしても、主人公がご執心なのもメインヒロインの恵ちゃんなので、それなのに表紙が幼馴染の英梨々だというのは斬新だなあ。もっとも、それだけ加藤恵がメインヒロインだ、というのは確実性のないただの印象なのかもしれない。一巻の内容を共通ルートだと考えると、既に一度ノーマルエンドを迎えてそうなまでに一度関係が出来上がってしまっている英梨々と詩羽先輩をサポートメンバーとして、新キャラとして主人公の世界に新たに現れた加藤恵をまずは中心に据えて物語を動かし出す、というこの冒頭の流れはなんらおかしいものではない。詩羽先輩がラストでおっしゃっているように、ここからの展開で誰のルートに突入してもまだおかしくない段階ですからね。
それに、この主人公の特性をよくよく注視してみると、今は加藤恵というキャラクターに夢中になっていますけれど、それが恋かどうかというとまだ怪しい所である。なにしろこの男、既に二回前科がある。夢中になっている間は信じられないバイタリティを発揮して盛り上がるくせに、ある一定の満足を得てしまうと平然と未練なく熱を失って待機モードに入ってしまうのだ。それで、ある意味はしごを外されてしまったご愁傷様な女性が二人ほどいらっしゃる。ふたりとも、ハシゴの上で踊り続けるに足る冥府魔道に堕ち済みであったのは幸か不幸か、と行ったところだけれど、現状に納得しているからとは言え、その原因となった男への怨み辛みは消せるものではないはずだ。オマエ責任取れよな、と恨みがましいジト目な視線が折々から感じられて、なかなかに身をつまされる。尤も、肝心の当人には一切通じていないあたりが、この男が性懲りも無く似たような事を繰り返し続ける由縁なのだろう。決定的に憎まれること無く、イビられながらも関係が続いてしまっているには人徳というべきか主人公補正というべきか。
今のところ、このまま行っても加藤恵は哀れな三人目にカウントされるだけ、という気がしないでもない。
さて、ルートが一つしか許されない小説という媒体においては、果たして誰のルートに転ぶのか。長期シリーズ化するのなら、もうしばらく共通ルートとして英梨々サイドと詩羽先輩サイドの掘り下げがありそうなものだけれど……でも、まだ加藤恵というヒロインのキャラクターが霞を掴むようになかなか正体を見せてくれないので、しばらくはこの娘に引っ張り回されそうだなあ。引っ張り回されるというか、暗中模索が続くというか。近づこうとするとスルリと指先をすり抜けて、距離を置こうとするとスルリと寄り添って傍らに佇んでいる。見ようとすれば見えなくて、目をそらそうとすると視界の中に入ってくる。
これを「冴えない」などと表現するのはどうも妥当とは思えない。じゃあなんなんだ、というとウムムと悩んでしまうところだ。これ、結構難儀そうだな。加藤恵というヒロインは、こういうキャラだ、という枠を作ってしまうと途端に色あせてしまう気がするし、かと言ってこのまま正体不明のままだとヒロインとして立脚することが叶わない。
どうするんだ、この娘?
まず第一に加藤恵というヒロインの扱い方、そして英梨々と詩羽先輩を含めた話の転がす方向、共に実に興味深い。どんな絵図を描いてくれるんだろね?