それゆけ! 宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ 【完全版】11 (朝日ノベルズ)

【それゆけ! 宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ 【完全版】11】 庄司卓/赤石沢貴士 朝日ノベルス

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銀河系各所で起きている超新星化現象は、その連鎖を止めることができず、最終的に銀河系は丸ごと燃え尽きてしまう―ローソンの導き出した仮説は、いずれ人類は銀河系を脱出しなければならないことを意味していた。それを止められるのは、『オールドタイマー』と唯一、コミュニケーションをとることができる山本洋子だけ―!?幻だった完結エピソードが、十年の時を経て、ついに動きだす。
短篇集含めても十年ぶり? 本編に至っては第十二巻の【純白のディスティニー】に至っては2000年の発刊ですから、12年ぶりですよ。小学生一年生が大学に入学するくらいの時間が経ってるんですよ。ちなみに十二年さかのぼっても、私はもう十代には戻れなかった……。
そうかー、ヤマモトヨーコの最新刊を読んだのはもう二十歳も過ぎてたのか。でも、記憶にある限りではその最後の最新刊も随分と待たされた覚えがあるのを、薄っすらと覚えていた。調べてみると、11巻から12巻が出るまで1年以上経ってるんですよね。
うーん、しかしさすがにそれだけ時間が経っていると、なかなかストーリーとかキャラとか覚えてませんわ。本来なら、朝日ノベルスの完全版を最初から復習していけばよかったんでしょうけどね。それでも、メインの四人はバッチリ覚えてる。御堂まどかなんか、デコキャラとしてはかなりの古参。少なくとも、あのおでこが眩しい! というデコ強調のキャラは元祖と言っていいくらいなんじゃなかろうか。

にしても、改めて読むとこの頃から庄司さんのSF設定のスケール感は凄まじかったんだなあ。「ダイソン球殻天体」というものを初めて知ったのはこのヤマモトヨーコからだったんだけれど、SFというジャンルはこれほどまでにスケールのでかい発想が罷り通る世界なんだ、と唖然とした覚えがあります。尤も、これですら宇宙全体からすると恒星を一つくるんだだけの小さなスケールの代物なんですよね。
次々と銀河系丸ごとが人為的に超新星化させていく、という時点でも圧巻なのに。その理由にもまた度肝を抜かれ、オールドタイマーと呼ばれる未知の知的生命体のタイムスケジュールの長さに圧倒され、もう読んでるだけで宇宙ってすげえ! すげえ! とんでもねえ! と訳の分からない興奮が押し寄せてくるんですよね。
庄司さんの作品では【グロリアスドーン】なんかでも何度も味わった、このSF作品特有の壮大極まる宇宙観ですが、ちゃんとその前段階であるヤマモトヨーコでも、こんなに縦横無尽に描かれてたんだなあ。
もうね、なんだか一番感動してしまったのが、銀河系の内部は不安定で危ない、だからグレートヴォイドを目指そう、というNoyss側の発想。いや、言われてみるとまったくその通りなんですよね。千年や万年という観点ならばともかく、一千万年、億年単位で捉えるなら、銀河系の内部って人知の及ばない現象が渦巻いていて、その一部が掠めるだけで文明一つ跡形もなく消し飛んでしまうような事が頻繁に起こっているわけです。
人類という知的生命の永続を鑑みたら、超銀河団の壁 グレートウォールの向こう側、何もない超空洞の先に辿り着くことこそが一番安全な道である、という発想。この考え方自体に、物凄い高揚を覚えてしまった。無論、何もない、というのは恐怖そのものである、という考え方も当然あって、普通はまずグレートヴォイドなんて怖い、と思うんだろうけど……なんでだろうね、今この時ばかりは何故か何もない、という事自体にトキメキを感じてしまった次第。不思議な感覚である。
それだけ、巨視的な観点で見たい場合の銀河の内部の危なっかしさにおののいていたのか。なにしろ、次々に幾つもの銀河が松明みたいに燃え上がっていってるんだから、そんなもん人間じゃあどないしようもないもんなあ。
そして、銀河の超新星化の起爆装置であろう黒色矮星がドンドンと近づいているという状況においては、恐怖や諦観を通り越してなんだかお祭り騒ぎにでも飛び込みたい気分になってくる。
言わばこの裏でうごめいていたり画策していた勢力も含めて、全勢力が一同に介しての決戦が行われようとしている、というのはまさにそんなどんちゃん騒ぎな気分である。

こうして見ると、【グロリアスドーン】でもそうだったように、一番根源にあるテーマって、我々が此処に居た記憶、なんですよね。人類という存在が、知的な生命が、この宇宙に居たという記憶。それが、永劫に残ること。その裏返しとして、人類という存在が、文明があったという記憶が、何の痕跡も残さずに宇宙から消え去ってしまう事への恐怖感、絶望感こそが、この三十世紀の宇宙に立ち、人類を導こうとしている人たちの原動力として垣間見える。
そも、オールドタイマーや宇宙そのものの空間的・時間的スケールには及ばないものの、この30世紀の人たちの時間的な感覚も凄いんですよね。何百年、何千年という単位で計画を立て、それに基づいて国や組織や様々なものを動かしている。それも、過去の引き継ぎを漫然と行なっているのではなく、現在の時点から改めて遙か未来を見据えて、人類を数千年、数万年先のあるべき所に導こうとしている。
視点のスケールが、ぜんぜん違うんだよなあ。

庄司さんのSFは、読むたびに目が眩むような途方も無い壮大さにぶん回されて、酔っ払ったみたいなハイになる。たまりませんよ、もうこの気分、最高すぎる。
ちょっと時間が開きすぎて、キャラの人間関係とか思い出せずに把握しきれなくてノリ切れなかった分、SFの方に飲まれてしまった感じです。いや、ホント好きだわ、この壮大さ。

庄司卓作品感想