楽聖少女2 (電撃文庫)

【楽聖少女 2】 杉井光/岸田メル 電撃文庫

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『神様のメモ帳』コンビが贈る
絢爛ゴシック・ファンタジー、第2弾!

 交響曲の初演成功から数ヶ月、ルゥはスランプに陥っていた。新作の曲が革新的すぎて既存のピアノでは弾けず、新楽器の開発も行き詰まっていたからだ。
 そんな折、フランス軍がウィーンへ進攻。僕はついに魔王ナポレオンと相まみえる。そこで知るのは、魔王のあまりにも意外な素顔と、この歪んだ十九世紀世界の秘密の一端。そして僕らの前に現れる、不吉な銃を操る若き音楽家。
「俺がナポレオンを殺る。邪魔するな」
 復讐に燃える彼の背後には、悪魔の影が……。
四代目!! 四代目じゃないか!! どう考えても、カール・マリア・フォン・ウェーバーが【神様のメモ帳】の四代目こと雛村壮一郎にしか見えない! あと、彼の「手下」の楽団員たちが、どう見ても平坂組にしか見えない!! それ以前にこいつら本当に音楽してるのかよ、というような連中なんですけどね。ただ、それを言い出すと親玉のハイドンからして「ハイドォーーーーーン!」な人なので、壇上でオーケストラがバトルロイヤル風に大乱闘を繰り広げてるようなコンサートしか想像がつかない人なので、その意味ではお似合いの楽団員なのだが……音楽の話だよね、これ?
音楽の話なのである。
或いは芸術の、もしくは人が追い求める理想の形のお話なのである。
果たして理想とは現実の中に降り立つことの出来るものなのだろうか。人の欲望とは果てしない、それこそ悪魔を呼び出し魂を売り渡し、自分という存在すら別のものに取って代わってしまってすら、人間は欲望を、理想を、自分の中に見出したものをつかみとろうとする。それが、半ば叶わぬものだと承知しながら。
「時よ止まれ」
ファウストは、自分自身の人生で最高の瞬間を迎えた時、その言葉を発して最高を永遠にするためにメフィストフェレスに魂を捧げるという契約をしてしまっている。その為に、ゲーテとなった彼は頑なに感動を遠ざけ、自らの著作にも目を通すこと無く、自ら手がける文章にも筆が乗らない日々が続いてしまっている。
欲するを遠ざけるのは、その者が芸術家であり人ならば、果てしなく無駄な所業である、と気づくのが第一巻の題材だったとするならば、この巻で見出した業は、言うなレバどれほど欲しようとも、高みを目指すものは頂きには至れない、という事だったのか。立てば、そこは頂きではありえなくなる。もっと、もっと高く、もっと深く、より果てなきウテナを、よりとめどなき深淵を、人は限りなく求め続けてしまう。強欲こそが、人の業。
「時よ止まれ」
それは、芸術家にとって高みに至った瞬間などではなく、より高みを目指すことを諦めてしまった瞬間なのかもしれない。諦めた瞬間、求めたる者はただ下へと落ちていく。ならばいっそ、時を止めてしまえば、と。
あの魔王ナポレオンは、底の無い奈落へと落ち続けている最中なのだろうか。だとすれば、哀れであり、あまりにも虚しい存在である。
されば、ルゥことルトヴィカ・ベートーヴェンは今はその真逆の存在だ。この世に降り立つこと叶わぬ音の奔流を自らの内に抱えながら、それを現出させる為にひたすら不踏の絶壁を這い上がり続けている。諦めもせず、諦めるという概念すら気に求めず。いずれ辿り着くことなど無いのだと理解しながら、承知しながら、それすらも一顧だにせず、迷いもせず、ひたすらに自らのウチの理想に、欲望の形に殉じ続けている。
あまりにも危うく、だからこそ美しい絶望を知らぬ絶望のカタチだ。ゲーテはそれにこそ魅入られている。そして、自分もまた果てなき強欲の徒である事実に気付かされるのだ。気付かされたらば、もはや前に進み続ける他なくなってしまう。それは一つの絶望ではあるが、同時にこの世界においてはルゥとともに歩み続けることにも繋がる。二人で寄り添い、お互いに求めるものを求め続ける日々。それは暴力的であると同時に、穏やかで至福の時間だ。或いは、それこそが時を止めても留め続けたくなる最高の瞬間なのかもしれない。
或いは、それこそがメフィが求めているものなのか。
この淫蕩な悪魔の女は、不思議と何をゲーテに求めているか解からない。でも、それが明らかになってしまうと、この優しい悪魔は消え去ってしまいそうな儚さを、そこはかとなく醸し出している。
頂きに辿りつけずとも、動き続けるということは変化し続けるということだ。永遠に留めたい光景もまた、そうして移り変わっていく。ユキとルゥの2人の時間がいつまでこうして続くのかはわからないけれど、たとえ変化し続けても変わらずにそこにあって欲しいと、願うばかりだ。

1巻感想