バロックナイト (MF文庫J)

【バロックナイト overture:幻想接続】 葉村哲/ほんたにかなえ MF文庫J

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放課後の屋上に呼び出された京弥を迎えたのはバロック――【歪み】という名を持つ少女だった。彼女と口づけを交わした瞬間、京弥は『レガシーオブタナトス』という異空間に『幻想接続』した!!
待ち受けるのは悪魔に天使、妖精と幻獣、神々の遺跡。バロックは、京耶と共にバトルゲームの頂点『王冠』を目指すという。実は現世で存在が消滅していた京弥の「因果」を取り戻すため、バロックは京弥と共に武器を手に
したのだった!
そう、全ては――、「私はキミを、あいしているから」
剣哮と弾丸が交差する、アンノウンバトルアクション開幕!
一乃さんの方がもうイチャラブの箍が外れてしまったせいもあるのか、気分を一新して新シリーズを新たに起草。それがこの【バロックナイト】なのだが、これまた葉村哲の真骨頂である「滅び」の要素が十二分にインサートされた作品でした。葉村哲と言う人はデビュー作である【この広い世界にふたりぼっち】の頃から、その世界観に「滅び」や「終焉」と言ったこれまで続いていた日常や平穏が終わる直前の「滅びの美」みたいなものが内包されている。これは延々とヌルいイチャラブを続けているような【おれと一乃のゲーム同好会活動日誌】も同様だ。あれも、最近はかなり踏み外しかけている素振りがあるけれど、常に「終わり」を意識させる設定構造になっている。その傾向が特に顕著だったのが【天川天音の否定公式】。あれが凄かったのは、主人公の存在を含めて「滅び」にキッチリとタイムリミットが敷かれていたにも関わらず、その「滅び」に抗うのではなく、誰もが暗黙にそれを受け入れていたところでしょう。終わり消え去り潰える事を前提とした日常の、終へと至る美しさ。それが、あの作品には色濃く浮き出ていました。
然して、この新しいシリーズはと言うと……それからさらに一つ進んだステージのお話なんですよね。
言うなれば、終わった跡の物語。或いは、終わりの始まりならぬ、終わりの終わりの物語。既に、これは滅びて終わった日常の、その残り香を無理やり繋ぎ止めているだけの後日譚にもありえない未練の縁の物語、なんですよね。
一応、一度終わってしまったものを取り戻し、因果を覆そうという進行方向を向いているものの、この人が描くと前向きだったり、絶望にあがく物語にはならず、残影のような、影絵遊びのような、淡くも静謐な甘く蕩けるような靄がかったお話になるのは、もうこの作者の筆の特性と言っていいのかもしれない。それこそが、この人の作品の魅力そのものでもあるんですけどね。
だいたい、主人公を取り戻そうとしているヒロインのバロックからして、その名前からしてもまともな人間足り得ない。バロックという言葉には「いびつ」や「不規則性」という意味が篭められているように、普通から外れてしまったものだ。そんな存在が、主人公の何を取り戻そうというのか。少なくとも、普遍性や一般性を伴う日常への回帰になるのだろうか。どうやらこの主人公は、元々相当の破綻者だったようだし。むしろ、平穏という意味では現在の人間性の方が心の平穏を保っているのではないだろうか、と思えるほどに。因果を失うということは、しがらみや執着を失う、というのと同意なのかもしれない。その執着の中には愛する人や、親しい人という正の人間関係も含まれるのかもしれないけれど、それ以上に負の要素が強かった人間にとって、この滅びはむしろ救いだったのではないか、という考えも浮かんでしまう。薄くなって消えることは、果たして不幸であり絶望なのか。
残された人にとっては、絶望以外の何物でもないのだろうけれど。だからこそ、バロックは消え去るだけだった残影にしがみついたのだろうし。おそらく、滅びの前の立場、人間関係をかなぐり捨てて。本来、そうするべきは彼女ではなく、恋人であった瑠璃子の役割なんだろうけれど、彼女はそれを拒否して今の彼に対して敵対とも傍観とも付かない態度を取ろうと努力している(失敗しているけれど)。彼女にとって、京弥の中にあった狂熱的な柵こそが、大事なものだったのかもしれないけれど……。だからといって今の滅びてサッパリしてしまった京弥にも未練が無いわけではなく、バロックに好きにされているのも我慢ならず、なかなか綺麗に割り切れずにぐるぐると迷走してしまっているあたりは、実に面倒くさくてこういうヒロイン大好物(笑
主人公の京弥くんのキャラクターも面白い。面白いというか、滑稽w 
他人とコミュニケーションを取るのが苦手であんまり上手く喋れないのを、俺様超イケメンでクールだぜ、的なスカした態度で誤魔化そうとして華麗に失敗して逆に恥ずかしいほどダサくなっているのがむしろ愛嬌になって可愛らしくなってる重度のむっつりスケベ、という残念を抉らせた主人公なのだ(笑
この説明だと一見して意味不明かもしれないが、読むと一目瞭然なので御覧ください。かなりのむっつりスケベです。自分ではこっそり気づかれてないつもりでガン見しちゃってるのがバレバレなタイプのむっつりスケベですw
一度終焉を迎えてしまったことで、自分の中身を一切合財を空っぽにしてしまった主人公。そんなゼロ以下の、未だに終わり続けている存在が積み上げられるものは、新たに手に入れたものか、無くしておいて取り戻したものか。またぞろ全部無くしてしまうことを前提に、儚く上書きしているだけなのか。何れにしても、葉村さんの作品でこうした0スタートの主人公は珍しいので、その意味でも注目。

葉村哲作品感想