ブレイブレイド1 - 遺跡の虚人 (C・NOVELSファンタジア)

【ブレイブレイド 1.遺跡の虚人】 あやめゆう/しばの番茶 C・NOVELSファンタジア

Amazon

先の大戦の英雄を讃え、後継者を養成する目的で作られたサーディン聖央学院―その英雄を父に、「勇者」の名をほしいままにする優等生を妹に持つジンは、落ちこぼれ。早々に才能に見切りを付け、英雄候補生らしくなく振舞う彼に周囲の目は冷たいが、妖精エリスやマイナー学科の変人学生たちとそれなりに学生生活を謳歌していた。そんなある日、研修先の遺跡で少女を拾った事で、生活は一変。「私はあなたのモノです」といい、虚人と名乗るその人形めいた謎の少女の正体は?そしてジンの運命は!?新シリーズ開幕。
すっげえな、この主人公、すっげえなあ!! なんというか……ヤバいです、このジンという主人公。触れるだけで斬れそうな危険性というか、扱いを間違えると持ち主を傷つける凶器というか。精神的に不安定だったり狂気に魅入られているというわけじゃないんですよ。むしろ常人よりも我慢強く冷静で物事に対しても非常に醒めた見方をしているタイプなんですよね。ただ頑固。凄まじく頑固。そしてその頑固さというのは、岩のようにゴツゴツしているものでも、凝り固まって融通のきかない、というものとは少し違っていて……こいつの頑固さというのは剣なんですよ。刃と言ってもいいのか。限界まで研ぎ上げられたような刃の切っ先のような頑固さ。
もうね、ヤバいんですよ。ここまで主人公という種類の人間に危険性を感じたことは滅多ありません。もう、うわこいつやっべえ! と思いましたもん。自分が非才である事を受け入れながら、諦める事をせずずっと努力を続け、それでも実らぬ才に対して、なおも腐ることなく自分の出来る事を探しながら無明の道を歩き続ける。英雄の息子であり、勇者の兄であるという立場でありながら、その立場に相応しい才能もなく、英雄の息子たる道を進まず王道から外れていく彼に対しては、周囲から常に非難と抑圧が浴びせられ、時に人格や存在価値さえ否定されながら、鬱屈に耐える日々。
これ、英雄である父は実の親ではなく、再婚した母の連れ子であって、実の父はアル中のクズ野郎である、という事実もまたジンの鬱屈を強めているんですよね。そして、かつて自分のあとをついてまわっていた妹は、いつの間にか自分を遥かに追い越して英雄の子としての期待に応えて勇者と呼ばれる存在になり、期待に応えられないジンに対しては酷く辛辣に当たるようになってしまっている。英雄である父親は、こいつはこいつで規格外である以上凡人でしかないジンとは何もかもが咬み合わない。友人と呼べる人間も殆どおらず、唯一変人のウィルと妖精のエリスが友達であるくらいの、孤立しきった学院生活。
まあ歪んじまう環境ではあるんです。でも、虚人マキナと出会うまで、魔剣を身に宿してしまうまで、彼はそんな抑圧された環境の中でも、これ自分に対して誠実に生きてたと思うんですよね。決して歪んでなんかいなかった。弱い自分に忸怩たる思いを抱きながらも、自分を貶めるような真似はせず、腐らずに誇りを持って生きていたんです。それって凄いことだと思うけれど、更に言うと恐ろしいことでもあると思うんですよね。彼はそうやって、我慢し続けていたんですから。どれだけの怒りが、悔しさが、我慢の中に積もっていっていたか。内圧は凄いことになってたんじゃないでしょうか。
でも、そのままなら、彼はその押さえ込んだ内圧を、決して表には出さなかっただろうと思う。多分、魔剣を手にし、マキナを傍に置く事になり、弱者であった彼が途方も無い力を手に入れてしまった後も。彼は決して力に溺れたりなんかしなかったでしょうし、力に酔い、力を誇示し、今まで与えられ続けていた抑圧を見返そう、なんて考え方をしたとは思えないんですよね。この少年は、ビックリするくらいに理性的で我慢強くて、理不尽を嫌う性格のようでしたから。もう、頑固なほどに。
だからこそ、許せなかったんでしょう。ひとがこれまでずっとし続けてきた我慢を踏みにじるような真似が。一方的に自分の都合を押し付けてきて、勝手な幻想を押し付けてきて、英雄の息子たるに振る舞いを強要してくる、万人にとっての正しさが。自分の生き方を、穢そうとする他者の意志が。

でもね、だからと言って、ここまで思いきれるもんなのか。覚悟を据える事が出来るものなのか。
力の大きさでも能力の強さでも技術の巧みさでもない。それなら、ジンが勝てる相手なんかこの学院には一人もいない。それなのに、この少年は……メーター振り切ったような極まった覚悟、それだけで。こうだ、と決めた事について微塵も迷わないその躊躇の無さだけで。引火した火薬庫みたいな激情とブリザードのような冷静さ、客観性だけで、能力的には遥か上を行く相手をなぎ倒していったのです、彼は。
爽快とか、痛快なんてもんじゃないですよ、その姿は。怖気の走る、震えるような、本当に危険なものを目の前にして立ち竦むしかないような感覚に、息を呑むばかり。とんでもなかった、本当になんちゅうやつじゃ、こいつ。
覚悟を決めた迷いの無さ、とはここまで凄まじいものなのか。
ハッキリ言って、魔剣という兵器は問題じゃないですね。英雄を含めて周囲の人間がジンの在り方の禁忌に触れてしまった、或いは触れざるを得なかった原因である、そうせざるをえないほど強力な兵器であった魔剣ですけれど……英雄の親父が危惧したのって、魔剣の強大さそのものじゃなくて、ジンという人間がそんな強力な兵器を宿してしまった事そのものだったんでしょう。だって、こいつ目的のためなら魔剣使うこと躊躇わないもの。力の強弱が、使用を躊躇わせる要因に全くならないんですよね、彼。必要と有らば使う、それだけ。必要なら、何がどうなろうと使う、ただそれだけ、という精神性の恐ろしさ。それこそを危惧したような気がします。だから、あんな強引で乱暴な措置に出たんでしょうね。
英雄親父が完全に見込み違いを起こしていたのは、危険なのは魔剣ではなく魔剣をジンが持つこと、と思ってた事なんですよね。違うんですよ。ジンがこうと決めたら、魔剣の有る無しなんて関係ないんですよ。魔剣があろうがなかろうが、才がなかろうが弱かろうが関係ない。やるとなったら絶対に意志を通してしまう、その完膚なきまでの実行力こそが危険だったわけです。今回の一件だって、見てたらジンは魔剣という存在を完全に一つの道具として利用したおしていました。特別なモノとしてまるで扱っちゃあいないし、何らかの象徴として見たりなんてかけらもしていない。必要だから使ったにすぎないのです。その割り切り方がね、またもう彼の壮絶さなんでしょう。彼がこれまで安全だったのは、我慢することを受け入れていたからです。どれだけ抑圧されていても、最後の一線は越えなかったから。誇りを、彼の魂を踏みにじるような真似をしなかったからでしかありませんでした。そこを親父さんは見誤っていた。鬼から金棒を奪いとろうとして、大人しくて何もする気のなかった鬼を怒らせたら本末転倒ってもんです。
こういうのをね、やぶ蛇って言うんですよね!
いや、この親父さんはそのへんも解ってたはずなんだよなあ。だって、ジンは選ぶやつだって看破してるもの。選んだら、必ずやっちまうやつだ、と言ってますしね。どれほどえげつない選択だろうと、一度選べば必ずやる、と。それでもなお、親父殿の想像を遥かに超えていたのか。だって、結果的にこの親父殿の行動こそが、ジンに選択を強いて、選ばせちゃったんですしね。
やっぱり、やぶ蛇だったな。息子の恐ろしさを知っていたからこそ先手を打って選択を封じようとして、結果として選択させちゃったんだから。

兎にも角にも、主人公であるジンの「凄味」に圧倒されるばかりでした。とんでもないよ、こいつ。結局、この主人公、最後まで「強い」と思わせるものはなかったです。最初から最後まで変わらないまま、凡才で能力もなく弱いまま、それは魔剣を宿しても同じ事で…………しかし、これほどコイツには誰にも勝てない、と立ち竦むような覚悟と躊躇いの無さと迫力を感じさせる主人公は、早々お目にかかったことはないでしょう。圧巻でした。
先に良質のファンタジー【RINGADAWN〈リンガドン〉 】三部作を描き上げた作者だけあって、妖精エリスや虚人マキナ、そして妹のローズマリー、いろいろ性格ぶっ飛んでる戦士のアニス、英雄親父とその相棒の先生など、個性的で躍動感のあるキャラも揃っているんですが……このメンツが周囲を固めて物語が進む、とならないのは展開として凄いよなあ。てっきりエリスとアニスくらいはくっついていくと思ったのに。連れて行くのはマキナだけ。しかも、国外逃亡ですよ。亡命ですよ。そして、他のメンツはローズを中心として勇者パーティーを組んで事実上の追撃戦、ですか。ジンはあれか、魔王にでもなるのか、これ。それはそれで面白そうだけれど、魔王と言ってもジンの場合だと反英雄だよなあ、これ。
うんうん、主人公の性格、というか有り様といいこの展開といい、突っ走る気満々で、ワクワクが止まりませんわ。

あやめゆう作品感想