ムシウタ    13.夢醒める迷宮(下) (角川スニーカー文庫)

【ムシウタ 13.夢醒める迷宮(下)】 岩井恭平/るろお 角川スニーカー文庫

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48時間のタイムリミットで決行中の超種一号“C”殱滅作戦が失敗した。だが“ふゆほたる”率いる“むしばね”は、“大喰い”を倒す最後の作戦“OPS3”を遂行するため、“虫”の始原を知るαを茶深たちに会わせることを決意する。しかし、むしばねを出し抜いた茶深たちの前にシーアゲハが現れ、大喰いを呼び寄せる鍵を握る夕がエリィに乗っ取られてしまう。さらには“三匹目”が千晴のネックレスから逃げ出してしまい―。
こうして見ると、詩歌ってリーダーシップを取るタイプのリーダーじゃないんですよね。不安や迷いを隠せない素直な彼女にとって、みんなを率先して導いていくというのは彼女の性格的にも非常に無理が生じている。いざとなれば大胆な判断も取れるし、強い意志を貫くことも出来る。でも、それを即断即決で為すのは熟考してしまう彼女には厳しい事だし、基本的に彼女は象徴的な立場に立って、大まかな方向性を示すことをよしとするタイプなんでしょうね。故にか、リミットが迫り決断が強いられる中で、一人次々と決断と判断を迫られる今回の一件は早々に彼女を追い詰めていくことになる。
むしばねの連中は、結局自分たちが如何に先代リーダーである利菜一人にすべてを負わせて追い詰めてしまった過去の失敗から、何を学んだんだろうとややも憤りを感じてしまう。また、詩歌に全部背負わせちゃってるじゃないか。幹部のなみえが頑張ってサポートしてくれようとしているものの、どうにも組織全体がおんぶに抱っこなんですよね。
ぶっちゃけ、このむしばねという組織は、組織として機能していない。ただの、寄せ集めの集団だ。一人の頂点に寄って縋って託すふりをして思いも意志も全部押し付けてしまっているだけの、無軌道な集団でしかない。
いい意味でも、悪い意味でも利菜が一人で切り盛りしていたワンマンチームだったんだろうなあ。それを、曲がりなりにも持ち直させた今の幹部連中や、一番上に立って指針を示すことになった詩歌はホントに頑張ってると思う。でも、根本的に利菜によって誕生し、利菜によって成り立っていたこの組織は、やっぱり利菜が居ないと十全の力を発揮できないのだろう。
その意味では、この詩歌とむしばねが中心となって行われた「作戦3」は、むしばねたちだけでは完全に失敗していたと思って間違い無いだろう。それが、まがりなりにも先へと進み、大食いへと辿りつけたのはお膳立てした人物が居たからだ。そのお膳立てした人物――菰之村茶深にとっては思惑通りに何一つ進まず、結局詩歌の意志と考えに基づいて事態は動いていった、と思っているんだろうけれど、ハッキリ言って彼女が居なかったら何一つ動き出しすらもしなかったんですよね。
こうして見ると、むしばねに限らず、あらゆる部分が立ち行かなくなり機能不全を起こしつつ在る中で、茶深とそのグループの存在は戦闘力が皆無という点など何ら考慮に当たらないくらい重要なポディションを密かに築いていると言っていい。ハッキリ言って、東中央支部を除けば、その視点の高さといい俯瞰の広さといい、魅車と真っ向から対抗できる唯一の存在なんじゃないだろうか。
そして、もう一人、魅車八重子と互角に対抗できる存在の復活……。
上巻の段階で、彼の復活はある程度予想してたんですよね。このクライマックスに入って、彼ほどの人物が鳴りを潜めているはずがないと。同時に、政略奸智という観点から魅車に他に対抗できる存在が見当たらなかった、という点からも。他の連中だと、どうやっても良いように動かされてしまいますから。あのハルキヨですら、魅車を出し抜くことはできていませんでしたし。
その意味で、彼の復活というのは希望の光り、のはずだったんですけれど……本当に最初の方に脱落していたので忘れていましたけれど、この人はこの人で目的のためならば集団を選ばない、外道を以て良しとする、ある意味「かっこう」と瓜二つのやり口の人だったのを今更ながら思い知らされた感がある。
正直、前巻でも切り札と目していたあのふたりを、ここで使い潰すとは思っていなかった。

この下巻は、上巻で真っ黒に塗りつぶされた絶望感をいっぺんに吹き飛ばしひっくり返してしまった大逆転が描かれた一冊である。正直言って、希望していた展開よりも遥かに上の結果に至ったと言っていいでしょう。予想通り、というだけでなく、全く期待もしていなかったものまで引っ張りあげてくれました。
一号指定の勢揃いに、アリアと千晴の再会。そして、ジョーカー土師圭吾の復活。懸念されていたものはすべて払拭され、現れたものは望外の希望の集結。

……にも関わらず、何故にここまで悲哀と不安がこびりついているのだろう。カタルシスなどどこにもなく、何故か湧き上がるのは黒々とした靄ばかり。ワクワクするどころか、これからどんな悪いことが起こるんだろうとビクビクと怯えすら生じている。
犠牲の上に成り立った希望に、果たして輝きはあるのだろうか。夕の見た夢の最後の一文が、すべてに影を投げかけている。

シリーズ感想