もちろんでございます、お嬢様1 (ファミ通文庫)

【もちろんでございます、お嬢様 1】 竹岡葉月/りいちゅ ファミ通文庫

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負けて、犬になりました。

生まれ持った『天恵』でお国のために戦うことを夢見ていた鬼島九郎【キジマクロウ】。しかしニッポンは敗北、アングリアの属国となる。現実を受け入れられない九郎だが、かつての仲間たちに背中を押され、戦勝国アングリア人御用達の『マグノリア・ホテル』でなんとか働けることに。でもこのコンシェルジュって……何? 吹き荒れる攘夷の嵐! 『L』なお嬢様方の無茶振り!! そして夜ごと聞こえる幽霊の囁き?? それでも決して「ノー」とは言えないラブコメ、麗しく開幕!
……ホテル? なんでこの設定でホテルマンなんだ? いや、これがホテルのコンシェルジュとしての「お仕事モノ」だったらば別に何もおかしくないんだけれど……このホテルで求められている人材と、実際のホテルのお仕事ってかなり食い違ってますよね、これ。むしろお嬢様の設定周りやリチャードの語る求人要項からすると、むしろ「執事モノ」にした方がしっくり来る流れに思える。
確かに、ホテルの方が多種多様な「お客様」と、その人達が抱える事情に触れられ、それをエピソードなり主人公の糧とするなりの手管の広さに繋がりはするんですが……いや、これは二巻以降の話の広げ方次第か。ハラガン夫人のケースのように、この一巻でもちゃんとそうしたパターンはこなしているわけですし。ならば、今後より真剣にコンシェルジュのお仕事モノとして深化していくのかもしれないし、なんちゅうかこれ、竹岡さんかなり本気で長期シリーズというかでっかい歯ごたえのあるシリーズを書いていくつもりだ、という意気込みが随所から見受けられるんですよ。いつもの軽快な語り口こそ今まで通りではありますけれど、舞台設定が戦争に負け戦勝国の主権下に置かれてしまった敗残国。結局前線に立たないまま負けた実感もなく燻った想いを抱え込んでしまったまま何者でも無い、何もなし得ていないモノとして放り出されてしまった少年が主人公、という重たい設定周り。こうした安易に振り回せない舞台とキャストとを根底に置いて、じっくりと作品を築きあげていこうという向きが見受けられる。敢えて、お嬢様周りの情報を開示せず、また従業員たちの掘り下げも後回しにし、そもそもこのホテルが何の目的で運営されているかについても、ラストに幾分か匂わせるのみ、というのはまだこの第一巻がほんの序章、何も始まっていないスタートラインに立った段階であるのを示しているようなものですしね。
しかし、面白いことに作品の時代設定はあの焼け野原になった第二次世界大戦の敗戦直後に準じるもののはずなんですけれど、読んでいるとむしろ雰囲気は攘夷運動が盛り上がる幕末の頃だったり、西洋諸国の租界が隆盛を極めている頃の上海とか、そんな感じなんですよね。戦勝国のモデルがアメリカではなく、イギリスである事も要因の一つなのでしょうか。

敗戦を機に、幼いながらに国のためにと身命を注いできたそれまでの価値観が全部打ち崩されると同時に、自分という人間そのものの価値すらも見失ってしまったかのような喪失感に苛まれ、しかし生きるためには働かなければならず、なけなしのプライドを後生大事に抱え込みながらうつむいて歯を食いしばって働き口を求めていた少年鬼島九郎がたどり着いたのは、戦勝国アングリアが建てた高級ホテルのコンシェルジュという、お客様の相談事に応えるというお仕事。アングリア人たちの傍若無人と言っていい要求に、ノーと言わずに向きになって対応し続ける九郎は、そこで見失っていた自分の価値を……自分が何を失って、そこから何を求めようとしていたかを見出して行く事になる。成長譚、というには九郎の出発点がかなり世知辛いというか厳しい所にあるんだけれど、心折れそうな自分を守るためのものだった誇りが、九郎という少年の背中にスッと一本の芯を通して彼をまっすぐに立たせるものへと変わっていく、そんな少年の心根の鬱屈した曇りがコンシェルジュとして様々な人と交流することで晴れ渡っていくのを見るのは清々しい気分にさせられました。卑屈さを以てハイハイと人の言う事をただ聞くのではなく、プライドを以てお客様の要望に応える九郎くんの姿は、素直にかっこよかったです。
自らを死人と称するお嬢様の周辺事情が、どうも断片的に漏れてくる情報だけでも相当に不穏なものでもあり、また同僚の紅緒のちょっと桁違い過ぎる実力の背景も決して穏当なものではなさそうだし、と色々と明らかになっていくだろう次巻からがどう話が転がっていくのか、これは楽しみであります。

竹岡葉月作品感想