烙印の紋章XII あかつきの空を竜は翔ける(下) (電撃文庫)

【烙印の紋章 12.あかつきの空を竜は翔ける(下) 】 杉原智則/3 電撃文庫

Amazon

英雄への道を描く戦記ファンタジー、堂々の完結編!

 皇帝グールとの謁見を切り抜けエンデの救援へと向かうオルバ。折しもエンデ軍は大国アリオンの皇太子・カセリアの陥穽にはまり窮地に立たされていた。
 一方、帝都ソロンでは皇后メリッサがグールとともに竜神教の神殿に立てこもっていた。膠着した状況の中、ガーベラより帰還したビリーナが使者の役を担うことになる。
 それぞれの戦いに臨むオルバとビリーナの運命は!?
既に上巻出ている段階で今更なんだけれど、第一巻のサブタイトルが【たそがれの星に竜は吠える】だったのを振り返ると、最終巻に【あかつき】を入れるのは最初から考えられていた事だったのかなあ。勿論、ある程度ハッピーエンドじゃないと暁の文字は使えなかったんだろうけれど。場合によっては日が沈んだまま登らない夜を終わりとする展開もあったかもしれないのだし。
その意味では、再び日の出まで辿りつけたことは良かったんだけれど、これってある意味終わりであると同時に始まりでもあるんですよね。ゴールしたはいいけれど、そこは新たなるスタート地点だった、というような終わり方。
長い目で見れば、これって起承転結の「起」でしかないとも言えるんですよね。地べたを這いずる剣闘士奴隷だった男が、名実ともに皇帝の座に付く。それはそれで、物語としてはゴールなんだけれど、既にオルバの意識は再び皇太子ギルに戻った頃から、いと高き座にあって如何に人を、国を導くかに意識がスライドしていました。皇帝になることが目的ではなく、人の上に立つ者として、かつて底辺に居た者として、如何に責任を負い、義務を果たし、恥ずかしくない生き方を出来るか、という方向に意識が変わっていたのです。言うなれば、私心なき公人としての生き様を果たすことを選んでいたんですね。そこにあって、皇帝になるという事は過程にすぎず、皇太子という身の上より色々やれることが増える、というだけのこと。とてもとても、オルバにとってゴールでも何でも無かったのです。だからでしょうね、全然終わった気がしないのは。
それ以上に、区切りがついた気もしないのは、肝心の部分が一切描写されなかったからかもしれません。それまでのことに決着が付くような区切りを得られる場面が、尽くと言っていいくらい直接描いてくれないんですもん。オルバが皇帝になるシーンも。ビリーナにオルバが自分の正体を明かすシーンも、そしてグールとオルバが直接対決するシーンすらも、グールが自ら決着を付けて勝手に去っていってしまったがために、成立せずに終わってしまった。
なんて、イケズ。
実際のところは、オルバがオルバという剣闘士奴隷としての自らの存在に決別するシーンも、ビリーナが自らギルとオルバの正体に気づき、真相に至るシーンも、そしてグールが自らの生き方に決着を付けるシーンもそれぞれに描写があるので、消化不良ということは全然ないんです。すべてに、決着がついている。ただ……イケズだなあ、と。
勿体ぶるわけじゃないんですけれど、ビリーナとオルバの関係といい、この人は常に婉曲極まるのが売りと言えば売りなのか。結局、個人個人が出した結論を、曝け出しあって融和させることをしないというか何なのか。
オルバが結局、ビリーナに胸襟を開く事が出来たのか、出来なかったのか。それすらも伺わせてくれないというのは、やっぱりイケズなのですよ。ある意味そここそが、主人公の孤独が解消されるのか、という点こそが杉原作品の集大成にしてようやくたどり着いた新境地、という意味でも大事な部分だったのに。それを見せないというのは、恥ずかしがり屋さんめ、とからかうべきところなんだろうかもしかしてw

いずれにしても、グールの生き方とその末路は、オルバの未来を暗示しているとも取れるんですよね。何を考えているか解らなかったあの皇帝の心底は、結局のところ狂っているわけでも暴走しているわけでもなく、ただ孤独に拠り所を失ってしまっただけのようでしたし。その末路に至るきっかけは、愛する伴侶を失ったことに起因していたようですから、その行く末は容易にオルバにも反映されてしまうんですよね。結局、すべてはビリーナに掛かっているわけだ。
まあ、この姫さんならば。たとえ、大きなヒントがあったからとはいえ、殆ど独力でギルとオルバの真実に気づき、気づいた上で奴隷だろうと愛そう、と胸を張って行ってのけたこの女性ならば……うん、これほど偉大なる告白が、当人の前でなされなかったというのは大きな損失だよなあ。とは言え、その文言はオルバにも伝わるだろうし、それを聞いた時の彼の反応はぜひ見てみたいものがある。
というか、結局この二人のイチャイチャシーンって全然なかったもんなあ。あれだけ惹かれ合ってる様子がありながら……そもそも、二人が一緒にいるシーン、会話しているシーンからして貴重、というのもどうかとも思うのだけれど。
ちょっと意外だったのが、イネーリの扱いか。この人の立ち位置は、エピローグでの話を見ても相当に面白い位置に収まった様子。なんか、変な意味でビリーナと通じ合っちゃったみたいですしねえ。獅子身中の虫、になるかと思ったんだが……いや、獅子身中の虫にはなってるのかしら。なんかこう、野心をたぎらせながら、野心に身を滅ぼすような真似はしないだけの巧みさを、今回の一件で手に入れたようにも思えて、ふむふむ。

ともあれ、良い所ではいこれまで、と幕を下ろされたようなモヤモヤ感は残るものの、質実剛健としたファンタジー戦記として非常に素晴らしい作品でした。ごちそうさまでした。

杉原智則作品感想