東京レイヴンズ8  over-cry (富士見ファンタジア文庫)

【東京レイヴンズ 8.over-cry】 あざの耕平/すみ兵 富士見ファンタジア文庫

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白日の下に晒された夏目の本当の姿。「約束の男の子」は夏目ではなく春虎―。真実を知った京子は春虎たちを避け続けていた。一方、シェイバとの戦い以来、春虎は呪力を制御できず不安定な状態に陥っていた。幾つもの不安を抱える春虎たち。そんな折、土御門宗家が何者かによって襲撃される事件が起こる。動揺する夏目のもとに現れたのは、あの赤毛の少女、多軌子だった。「ぼくが目覚めさせるんだ。―夜光の生まれ変わりを」運命の歯車は、軋みを上げて回り始める。後戻りすることのできない、未来へと向かって―。
いや、大友先生じゃないけれど、一度女の子として正体が明らかになってしまった夏目は呪が解かれたみたいにどこからどう見ても女の子なんですよね。これ、ホントに今までどうやって男として振舞っていたんだったっけか? ずっと見てきていたはずなのに、思い出せない。正確には思い出せるんだけれど、異様なブレを感じてしまってイメージが合致しないのです。これが乙種の呪いってやつなんですか? 最初からわかっていてこの感覚である。知らなかった人達にとって、余計に衝撃なんじゃないだろうか。しかし、これがほぼ完璧に敵味方問わずに夏目の正体を騙しきっていたんだから、恐ろしい話である。ぶっちゃけ、身内間でバレたことにかこつけて夏目や春虎たちが自分で暴露しなければ、事が最後に至るまで大人たちには誰にも真実がバレなかった可能性すらあるわけですから。
もっとも、自分もまさか子供のすり替えまでやっているとは思わなかったので、明らかになった真相に土御門宗家の徹底ぶりを目の当たりにして絶句してしまいましたけれど。夏目はあくまで泰純の娘だと思ってたからなあ。実娘だからこそ、あそこまで厳しくあの生き方を強いていたと思っていただけに、親族とは言え他人の娘を身代わりとしてあんな風に育ててたんですから、夏目の扱いは非情と言われても仕方ないくらいキツいものじゃあないですか。相馬のお姫様の独善的な振る舞いには言いたいことはたくさんあるけれど、夏目の扱いに対する義憤についてだけはその方向性は兎も角として、怒りを覚えるという一点において共感できる。尤も、当事者である夏目からすれば余計なお世話なんでしょうけどね。たとえ、それが仕組まれたものであったとしても、夏目にとって春虎の為に自身の何もかもを犠牲にするということはむしろ喜びに感じる事だったのでしょうし。彼女は、自分が影武者であったことを決して恨みに思うことなどないのでしょう。
怒るのは、春虎自身の方なんだろうなあ。
この点、夏目の実の親だったということになるだろう春虎の両親はどう思っていたのか……あの脳天気そうなお母さんの性格からして、どうせ春虎の嫁になって自分の娘になるんだから一緒の事じゃあないのさ、程度に思っててもおかしくなさそうではある……どう考えてもあの両親の性格って春虎の方に引き継がれてると思うんだがなあ。夏目と似てる要素がどこにあるんだ? そそっかしそうなところか? 土壇場になると暴走し出すところか? いざとなると大雑把になって取り敢えずイケイケになってしまうところか? ……あれ? 結構似てますか?

にしてもまあ、春虎と夏目への追い詰め方がまた半端ない圧力である。ただでさえ、京子と物別れになってしまい、その対応で四苦八苦しているところに、春虎の呪力暴走が絡んだ上に、土御門宗家の襲撃事件で親たちが行方不明という緊急事態になり、さらに相馬多軌子が現れて奔放に場を引っ掻き回し、何やら意味深な発現を残して嵐のように去っていく、という……取り敢えず京子との仲直りに集中させてやれよ、と言いたくなるくらい立て続けに一つ一つで一杯一杯になりかねない重篤な問題を叩きつけてくるものだから、春虎たちの処理能力を完全に逸脱してしまっている無茶苦茶な圧である。傍から見ててもこれ、どこから手をつけていいものやら、手をつけるにしろ何をしたらいいのかさっぱりわからない、という混乱状態。これで鈴鹿が自分から動いてくれたり、天馬が積極的に調整に動いてくれたり、さらには大友先生が珍しく先生らしい指導をしてくれなかったら、完全に立ち往生してしまってたんじゃないだろうか。仲間、友人、恩師の有り難さが身に染みる次第である。
そして、真剣に親身になって付き合っていたからこそわだかまりが生じてしまった京子との仲。傷つけば傷ついた分だけ、夏目や春虎との関係を大事に思っていたって事ですもんね。さらには、幼い頃に抱いた恋心まで錯綜してしまったわけで、京子は歩み寄れない自分を相当に責めてしまっていますけれど、こればっかりは無理もない。人間、自分のうちからこみ上げてくる痛みを無視は出来ないし、勇気は振り絞るものであって簡単に振り翳していいものでもない。
京子の一件でもそうだけれど、昔からあざのさんという人は勇気というものの価値を神聖なまでに高める事に長けているんですよね。その踏み出す勇気がどれほど人と人の関係を素晴らしいものへと昇華させるのかを、十二分に捉え切っている。
何事も中途半端な行けないのだ。思いの丈を存分に吐き出してこそ、本心が剥き出しになる。余計なものを削ぎ落した本当の気持ちがあらわになる。夏目と京子のぶつかり合いは、その意味で本当に見事だったし、京子がとびっきりのイイ女であることをこれ以上無く見せつけてくれたエピソードでした。
……でも、京子って結果として要らんことをしてしまう星の下に生まれているご様子でw 何気にそれが致命的だったりするからなあ。タイミングが悪すぎるというかなんちうか。全くの善意であり不可抗力なのが余計にたちが悪い。

あとがきによれば、今巻は第一部の最終回直前。第一部ですよ、第一部。これで第一部ってことは第二部はどれほどの物語になるのか。立ってるステージが根本からかわるんだろうな。あくまでひな鳥に過ぎなかった春虎たちが、本当の意味で深淵に立ち、学生や子供といった保護される身分から一人ひとりが自分で立って判断し決断し戦わなければならない領域に……。
そこに、夏目の姿は果たしてあるのか。なんかもう、完全に取り返しのつかないところまで行っちゃったもんなあ。ここで終わるは鬼である。

あざの耕平作品感想