剣刻の銀乙女 (一迅社文庫)

【剣刻の銀乙女(ユングフラウ)】 手島史詞/八坂ミナト 一迅社文庫

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数多の王、数多の国、数多の信仰が混在し、そして衝突した、統べる者なき時代―世界に魔神と呼ばれる存在が現れた。数多の王たちが戦いを挑んだが、いかなる剣も魔術も魔神の体に傷をつけることは叶わなかった。人々が絶望に沈みかけたそのとき、ひとりの賢者が現れこう言った。「魔神を斬ることができる剣がある。優れた技を持つ者がほしい。私についてくる者はいないか」剣は十二本あった。十二人の王はそれぞれもっとも優れた騎士を一人ずつ送った。選ばれた十二人の騎士と一人の賢者は魔神に挑み、そして見事討ち取った。後に賢者を王として十二の国は一つとなり、十二人の騎士は円卓の騎士と呼ばれ全ての騎士の手本となった―そして、ときは今に至る―。
これ、最初の状況設定が鬼すぎる! 円卓の騎士の伝説が正統派な英雄譚だけに、その希望の伝説を逆手に取ったこの謀略……否や呪詛と言っても過言ではないだろう悪意の産物は反吐が出そうなほど、素晴らしい。ここまで人間の持つ欲望や負の感情を擽って煽り立てるような悪辣極まる策略はなかなか見ないだけに、なんかむしろ唆られるくらい。ルール無用で、ひたすらに人々の邪な想いを掻き立てる。本来なら、一途さや真摯さ、善意やひたむきさに繋がるだろう想いですら、惨劇へと誘導する。その元となるのが、人々の希望となる伝説の剣刻の紋章、救世の為に選ばれた者の証であり、円卓の剣を召喚できる印、というのは完全に皮肉を通り越している。人々の希望が、そのまま反転して混乱と不信の呼び水となり、魔神が現れるまでもなく人の世を滅茶苦茶にしていっているのだから。剣刻の紋章そのものは、何一つ穢れる事無く伝説の当時から何も変わらぬ力を持ってそこに現れたというのに、である。
安易に剣刻を穢れに染めて邪悪な武器に変えてしまった、とかそんなんじゃなくて、それを扱う人間の側の人心を惑わすことで剣刻の価値や意味を完全にひっくり返してしまった、その手法にこそ感嘆を禁じ得ない。これこそ、呪いだよなあ。それも、呪力だの魔力だの術式だのと言った不可思議な力など全く使わない、純粋な言葉によって人々の心の中に打ち込まれた楔によってもたらされた、解けない呪詛。勿論、人々の欲望や悪意を加速させるために、幻術による印象操作など様々な手管は使っているのだけれど、それでも根本の所では魔法も奇跡も使っていない、ただの囁きだけで救世の希望を破綻させてしまったのだから、この黒幕は本当に凄い。
これぞ、邪悪でしょう。真っ向から暴力で圧するなど三流のすることと言わんばかりの手練手管には、逆に惚れ惚れとするばかり。
この策略の恐ろしいところは、一度始まってしまった以上、不信の連鎖は止まらないって事なんですよね。そして、この殺戮のバトルロイヤルの参加者は資格不要の無制限。せめて剣刻保有者の間だけでも、と思ったら自分以外の剣刻を奪って強化する事も可能、という逃げ道ナシの悪辣さ。
どんな達人だろうと強者だろうと、24時間何時誰から狙われるか解からない、という心身休まらない状況で果たして生き残ることが出来るものだろうか。単純に素性を伏せて逃げまわるだけならまだ可能性があるかもしれないけれど、それは魔物から人を守る剣刻所有者としての役割を放棄する事にもなってしまう。円卓の騎士としての機能は果たせない。これはもう、魔神が復活したとしても立ち向かうべき人間側の体制はそれ以前に瓦解してしまった、ということなんですよね。
正直、この舞台設定だけで非常に面白い。
ここまで殺伐とした内容だと、作品の雰囲気も暗くなってしまいかねないんだけれど、そこを救ってくれるのがヒロインのエステルである。道化師を志す彼女は、どんな切羽詰まった状況でも、悲惨な環境でも、人々が笑ってくれるように、と芸を振る舞うのですが、彼女が笑いを振りまくことを志したその理由には、毅然とした信念が存在し、そして彼女が最終的に得ようとしているものは大望と言っていいくらいスケールの大きなもの。
そして、そんな彼女の存在こそが、本来なら災厄の側に値するのであろう彼女の存在こそが、これまた反転して希望の要となっていく。
いろんな価値観が面白いようにくるくると反転していく中で、それらを繋ぐ形となる主人公のヒースは元々名も無き一兵士、古典的RPGで言うところの「この街は◯◯だ、ようこそ旅人よ」と、最初のプレイヤーを出迎えてくれる門番に過ぎない。でも、誰もが誰かを疑い窺うような疑心暗鬼が渦巻く内乱の中で、この子の芯のブレない素直な真っ直ぐさは、非常に好感度があがっちゃいます。何より、力の強弱が問題ではなく、逃げちゃいけない場面で逃げずに立ち向かえる勇気は、まさしく門番―ゲートキーパーって感じで、エステルが門に関わる存在というのもあるせいか、門番というしがない役職が思いの外嵌った感がありました。
走りだしとしては充分なスタートダッシュだったんじゃないでしょうか。逆に最初にこれだけ状況を整えるのに凝ってしまうと次からが結構たいへんな気がしますけれど、何にせよスタートが良いのが悪いはずがなく、次以降も期待したいシリーズの始まりです。