B.A.D. 9 繭墨は人間の慟哭をただ眺める (ファミ通文庫)

【B.A.D. 9.繭墨は人間の慟哭をただ眺める】 綾里けいし/ kona
ファミ通文庫


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せめて、知る人間は幸せであれと望む――――たった、それだけのことが。

「嘆こうが悔やもうが、それが君という人間だよ」チョコレートを囓りながら繭墨あざかは言う。
唐繰舞姫の足を奪い、復讐を果たした嵯峨雄介は失踪した。
久々津は雄介を殺し、自身の死をもって主を守れなかった償いをするという。
この憎悪の連鎖を止めなければいけない。彼が死ねば僕は一生後悔する。
久々津の拷問から逃れた僕は、駆けつけた白雪の助けによって雄介の行方をつきとめるが--残酷で切なく、醜悪に美しいミステリアス・ファンタジー第9弾!
かつてこれほどの絶望があっただろうか、と思うまでに読んでいる此方までズタズタにされた前回。救いも何もあったもんじゃない。惨劇以上の悲劇が視界を真っ黒に塗り潰す勢いで見舞っていた。最期に残された雄介の遺言状は、もうその時点ですべて終わってしまったのだと思わざるをえない程に、信じざるをえない程に悲しくて痛々しくて疲れきったものでした。何故、誰もこの子を助けてやれなかったのか、と悲鳴をあげてしまいそうなほどに。
もはや、何もかもが取り返しの付かない所に行き着いてしまったのだと、信じて疑いもしませんでした。この9巻は、そんな終わってしまったところから始まる、どうしようもない諦めの先にある物語だとばかり、思っていたのでした。
【B.A.D.】という物語は、常にそんな差し伸ばした手で断崖から相手を突き落としてしまうような救いのないお話ばかりだったのです。
だからこそ、泣いた。諦めきっていたからこそ、ここに現れた優しい結末は、身を切るように全身を震え上がらせたのです。何度も何度も何度も何度も繰り返し繰り返し、助けようとして逆に余計な惨劇を招いてしまい続けた小田桐くん。それでも諦めずに、狂ったように諦めずに身を粉にして救いを求め続けた結果がこれだというのなら、報いはあったのでしょう。彼が諦めなかったからこそ、この救いが訪れたのなら、報いはあったのでしょう。
良かった。良かった。本当に良かった。思わず咽び泣いてしまうほどに、この結末には安堵させられた。
雄介というこの壊れきってしまったように見えてきた少年は、これほどまでに多くの人達に愛されていたのだ。絶望の淵から引き上げられるほどに。既に死んでこの世から居なくなってしまった人達からさえ祝がれるほどに。死者たちが生者たる雄介を同じ黄泉へと引きずり込もうとするのではなく、生きた世界に押し返そうとする現世に焼き付いていた彼への愛情の残滓に、ただただ涙する。
彼への愛情ばかりではない。今回は、人が人を愛する気持ちがどれほどの救いをもたらしたか。人を捨てて犬として生き、犬として侍ることで舞姫の傍にいようとして失敗した久々津。犬にも人にもなれずに復讐に狂いかけた彼を救ったのもまた、舞姫の純然たる愛情であり、破滅していく雄介や久々津を助けようとして傷つき打ちのめされ這いずるしか無かった小田桐くんを支え励まし自らも破滅しようとする彼を守り続けたのもまた、白雪さんの献身的な愛情でした。
舞姫が、久々津に向けていた気持ちがあれほど純然たる愛情だったと知った時、久々津の悲惨な過去と現在の苦悩を目の当たりにしていた中で、それがどれほど救われた気持ちをもたらしてくれたか。常に血迷う小田桐くんを、正しては支え叱咤しては守り続けてくれた白雪さんの存在がどれほど頼もしかったか。
特に白雪さんは、もう無くてはならない人ですよ。小田桐くんにとって、この人はもう掛け替え為さすぎる。どう考えても、小田桐くんを支えられるのはこの人だけですし、添い遂げられるのもこの人だけだ。この人が居なければ、小田桐くんはどうしたって破滅してしまうに違いない。決して幸福な普通の家庭は築けないかもしれません。白雪さんも小田桐くんも、幸薄すぎる人ですしとても長く生きれるような人にも思えません。それでも、この二人なら一時の安息を得られるのではないか、そう思えるほどに今回の白雪さんは強かった。本当に強い女性でした。
まさかまさかのBADEND回避。誰も不幸にならない結末は、【B.A.D.】史上初めてだったんじゃないでしょうか。それぐらいに予想外で、救われた心地にさせられた雄介編でした。
しかし、不穏な要素はなおも消えず。小田桐くんが幽冥の世界で遭遇した妖しの唐傘の女。彼女がもたらした奇跡と、未だ明かされぬその代償。すべてが丸く収まったようで、致命的な爆弾を飲み込んでしまったような不安感。そんな陰りを抱いたまま、次からはついに最終章―繭墨編。最期にして本当の、繭墨あざかの物語。

シリーズ感想