ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンII (電撃文庫)

【ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 2】 宇野朴人/さんば挿 電撃文庫

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実戦経験を積むため、北域へと遠征することになる帝国騎士イクタたち。目指すは、カトヴァーナ帝国九百年の歴史において、一度も外敵の侵入を許したことのない大アラファトラ山脈に守られた軍事拠点、北域鎮台。野盗の相手と山岳民族「シナーク族」の監視以外は総じて暇だと噂される、帝国最北の基地だった。しかし、どこか訓練気分の彼らを待ち受けていたものは、想像以上に過酷で壮絶な―そう、本物の戦場だった…。
本物の戦争にロマンなど存在しない。あるのはただただ反吐に似た現実だけだ。敵も味方も武器を持たない一般市民も等しく無残に死んでいく。そこに、人格は問われない。どれほど人間的に優れていようと、将来有望な才能を秘めていようと、死は平等に訪れる。否や、むしろ死は恐ろしく不平等に訪れているのかもしれない。運を持たないが故に死ぬ。権力を持たないから死ぬ。才能を持たないから死ぬ。無能だから死ぬ。判断が遅れたから死ぬ。
そんな理不尽の死の責任はどこに帰するのか、というのなら、それはこの戦いを主導した無能なる司令官のせいだろう。引いては、シナーク族に決起を決意させるほどの圧政を敷いたこの司令官の二重の責任でもある。だが、この司令官を北域に派遣し彼のやり方を黙認していたのは帝国本国だ。そもそも内政官を派遣せずに専門外の軍人に施政を任せた帝国の政治システム、共和国の反乱教唆に何の対策も取れなかった防諜体制の不備こそが事態を致命的な段階まで推し進め、山岳民族を弾圧しても構わない差別スべき劣等人種と見て疑わなかった帝国側の一般的な認識こそが今回の内乱の決定的な原因だったと言えるだろう。北域鎮台の事実上の実権を握っていたトァック少佐は、平時の軍隊を運営する手腕は間違いなく優秀でした。人間的にも非常にまともな部類でした。その彼をして、司令官のシナーク族への圧政を許容範囲のものとして黙認していた。この程度なら、まあ仕方がない、と。……良識を持つ彼をしてこれである。そんな彼の認識こそが、異民族相手の統治のやり方を知らない素人の、引いては一般的な帝国人の認識だった、と言って間違いはないはず。ハルグンスカ准尉のような騎士道精神の持ち主は稀有な例外と言っていい。
詰まるところ、皇女殿下が負けてでも、いや負けないと変えられない、と考えている帝国という国そのものが抱える病巣の根源とも言うべきところは、こういう部分なのでしょう。
そして、それを変えるために負ける、と言うことは変えるべき病巣に捕らわれていないハルグンスカ准尉や旧弊から自力で蒙を啓く英邁さを持ったカンナのような人物をも等しく、並べて、殺していくということでもある。戦争において、死んでいく存在を綺麗に選り分けることなど不可能なのだ。ましてや、勝利ではなく敗北においてなど。
この愚劣なる戦いは、現在の帝国の愚かしさの縮図であると同時にまた皇女殿下が歩こうとしている血塗られた道の縮図でもある。皇女殿下は、イクタを覚悟ができていないと罵るが、そんなもの当然だ。覚悟など、出来ようものか。それは、守るべき人達を、戦友たちを、民たちを、無力故に守れなかったというのではなく敢えて守らず見殺しにするのと同意なのだから。どれほど被害を最小に抑えようとしても、どこかで見殺しにしなければならない部分は必ず出てくる。勝つために、味方の被害を減らすために、そうした切り捨てる決断は必要不可欠なものだ。今回だってイクタはそれを実践している。しかし、それを負けるという目的で出来るのか? この戦いで、切り捨てた中に大切なものを含めてしまい、痛切にそうせざるを得なかった自らの足りなさを悔いるイクタに、それが出来るのか? 本物の戦争も、本物の敗北も知らない皇女殿下の覚悟とやらを、果たして信じられるのか? 結局、彼女は自ら手を汚す覚悟、敵に殺させる覚悟ではなく自ら殺す覚悟がないだけじゃないのだろうか。壊したいのなら、誰かに壊してもらうのではなく、自ら壊すのが筋ではないか。たとえ、後世に暴君の汚名を残そうが、人任せにするのと比べて果たしてどちらが誠実か、義務を果たしているというべきか。
正直、この戦いにおいて常に最善を尽くそうとしているイタクを見ていると、とてもじゃないけれど皇女の企みに乗るとは思えないし、彼女が言っている事がどれだけ戦争の現実を見ていない生っちょろい妄言かをこれでもかと見せつけられている気分である。
自分としては、イクタがどうやっても勝てない戦争をソフトランディングさせるために辣腕を振るう、くらいしかちょっとやりようが考えられないんですよねえ。勝てる戦いをわざと負ける、みたいなことを意思を持って出来るとは思えないし……やって欲しくはないなあ、そんな酷いこと。

にしてもまあ、よくここまでやったものだと感服する。戦争モノ、戦記モノの中でもライトノベルという枠組みの中で、これほど華のないひたすら劣悪な戦争を描いたものだ。これを英雄譚などとは口が裂けても語れないだろう。そこには、目を爛々と光らせる泥にまみれた軍人たちが居るだけだ。
しかし、英雄は作られる。
恐らく、この戦いを通じてイクタたちは飛躍的に出世するだろう。軒並み部隊を率いる士官クラスが歯抜けていく戦いで、篩から落とされずに残った上に優秀さを示し、さらに既に帝国騎士という名望を持っている彼らは必然的に英雄として扱われていくに違いない。思いの外早く、彼らは昇進の道を駆け上がっていく。それは、上の無能さに左右されず自らの力で助けられる範囲が広がっていく、ということでもあるが、同時に旧弊さの不具合に絡めとられ為すべき自由を失っていくという事でもある。
もっとも、そんな心配をする前にまず本国に無事に戻れるか、という話になっているのだが。宮崎繁三郎中将ばりの活躍が要求されるぞ、これ。

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