下ネタという概念が存在しない退屈な世界 (ガガガ文庫)

【下ネタという概念が存在しない退屈な世界】 赤城大空/霜月 えいと ガガガ文庫

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バナナは下ネタに入りますか?

「お●んぽおおおおおおおおおぉ!!」少女は叫びながら、駅の構内を走り出した。その瞬間、僕はすっころんだ。16年前の「公序良俗健全育成法」成立により、日本から性的な言葉が喪われた時代。憧れの先輩・アンナが生徒会長を務める国内有数の風紀優良校に入学した奥間狸吉は、《雪原の青》と名乗るペロリストに弱みを握られ、下ネタテロ組織「SOX」のメンバーとなってしまった……! そこはプリズン? それとも、ハーレム? 第6回小学館ライトノベル大賞・優秀賞を受賞したノンストップハイテンションYトークコメディ! よろしこしこ!
これは酷い暴走ギャグかと思いきや、その中身はというとこれがかなり真っ当な「凶悪な思想統制社会へのレジスタンス」ものでした。いや、表紙が表紙だけにどんな痴女がヒロインだよ! と戦々恐々としていたのですけれど、息をするように下ネタに興じる女ではありましたけれど、少なくとも全裸で大通りを疾走して大喜び、な変態ではなかったと思います。まとも、多分そこそこまとも、まとも……マトモ?
むしろ恐怖スべきはこの性的な知識を規制し完全に制限してしまっている社会でしょう。高校生になってすら、セックス――性交の意味どころか概念すら知らず、子供がどうやって生まれてくるか全く知らない子どもたち。それどころか、性にまつわる一切の知識が教えられていないために肉体から生じる自然な生理反応ですら「イケないこと」と思うことすら出来ない。自分の中に湧き上がる自然な「性欲」ですら、これが何か分からない。本当の無知がどれほど恐ろしいことか……いや、無知が恐ろしいのではなく無知であることを強制されることの恐ろしさをまざまざと見せつけられたような思いである。しかも、そうした強制は子供を、ひいては社会全体を不健全でイケないものから守らなければならない、という純然たる善意と正義からもたらされているのである。
世の中において、声の大きい正義ほど逆らい難いものはない。一般的な社会通念上において正しいとされる方向性に対しては、それが幾ら度を越し過剰になっていっても、それに反対するということは不適切だったり不健全とされる事を守り助長する者とされることになり、どうしても共感を得られにくい。それは主流足りえず、常に賊軍として錦の御旗を掲げる正義に負い目を背負わされ続ける立場を強いられてしまうのだ。結果として、確固とした思想を持たない層は、声の大きな社会通念の正しい方に「なんとなく」流されて、消極的だろうと無関心だろうとなんだろうと、そうした正義を認めて受け入れてしまう。
本作の性的な知識が規制され社会的な焚書を受けつつある世界は、それが極端に進んでしまった社会といえるだろう。社会はゆるやかな変化を迎えつつあり、法的に知識が規制される以前の大人たちはまだしも、それ以降に生まれた子供たちは知識的にも思想的にも去勢されてしまう形となり自然から外れた異様な生物へと変貌しようとしている。恐ろしいことに、健全であることを目指す正しい大人たちはさらにイカレた法整備を目指しており、どう考えてもそれは「人類は滅亡しました」へ一直線の道なのである。
一方で、思春期を迎えつつある子どもたちは、無知でありながらも自分たちの中に湧き上がってくる自然な性的生理反応を持て余し、知識がなくともこの湧き上がる衝動の正体を求め、無自覚に不自然に歪められた環境の中で足掻き、目隠しされた状態で概念すら知らないものを縋るように求めている。
自然に、生物としてあるがままの状態に戻ろうという、健全な欲求。それが、衝動として若者たちを駆り立てているのだ。これは、ターニングポイントなのである。もしここで、彼ら若者たちが求めるものを得られずに無知なまま、何も知らないまま、健全と言う名の自然として不健全な存在に固着してしまえば、このまま人類は衰亡の道を転げ落ちていくのだろう。ここで、ここで食い止めなければならない。今の社会で正しいとされている健全さがどれほど理不尽で歪んでいるかを知らしめなければ、これより後の世代はすべて変容したナニカとなり、もはや取り返しがつかなくなる。
まさにここ。ここが瀬戸際なのである。
そんな限界線の瀬戸際で、下ネタテロリストと唾棄されながら、規制され隠された情報をバラマキ、正しい知識を流布することで若者たちを無知という変容の檻の支配から解き放とうと戦い続けるレジスタンス。
それが、下ネタテロ組織「SOX」なのである!!

とまあ、舞台設定をちゃんと見るとこれが意外なほど質実な内容となっているんだけれども、肝心のレジスタンスの主戦力である華城綾女が、非常に残念な下ネタ狂いで嗜好が歪んでいる上に微妙に、というか彼女自身も大幅に情報規制されている若者らしく、変に知識がなかったり偏向していたりしているので、変態性と無知がブレンドされた結果、そのレジスタンス活動はどう見ても筆舌しがたいアレなものになってしまっているという始末w 
一方でもう一人のヒロインであり、風紀を守る側のアンナ先輩も偉いことになっている。この人は、性的な知識の規制による無知さの犠牲者と言ってもいいでしょう。正しい知識というものは、時として理性となって本能を制御するコントローラーであり、規範となるものなのです。知っているからこそ恥ずかしいと思い、理解しているからこそそれを制御し押しとどめようとする。しかし、知識のない無知である彼女は、自分の中から湧き上がる本能が一体どういうものなのか知らず、理解できず、概念として捉える事ができないが故に彼女は際限なく本能に任せて暴走していく事になります。表向きは清く正しく律せられた女性でありながら、その実完全に箍が外れたモンスターとかしていくのです。自分が、一体なにをやらかしているのか知らないままに。
なんと恐ろしい(笑

なんだかんだとやっぱりギャグなんですけれど、その下地、基礎となっている部分は斯くのごとく非常にシビアなもので、遺憾ながら中々に歯応えのある内容でした。なんでこんな下ネタ、猥談、変態講談ばかりの内容には歯応えを感じなきゃいけないのか、と身悶えさせられニントモカントモw
表紙から受けた印象とはまたひと味違いましたけれど、いずれにしろ「怪作」の名に相応しい一品でした。