芙蓉千里 (角川文庫)

【芙蓉千里】 須賀しのぶ 角川文庫

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「大陸一の売れっ子女郎になる」夢を抱いて哈爾濱にやってきた少女フミ。妓楼・酔芙蓉の下働きとなった彼女は、天性の愛嬌と舞の才能を買われ、芸妓の道を歩むことになった。夢を共有する美少女タエ、妖艶な千代や薄幸の蘭花ら各々の業を抱えた姉女郎達、そして運命の男・大陸浪人の山村と華族出身の実業家黒谷…煌めく星々のような出会いは、彼女を何処へ導くのか!?…女が惚れ、男は眩む、大河女子道小説ここに開幕。
文庫落ちしてくれたので、ようやくゲット。不朽の名作【流血女神伝】を始めとして、数々の作品を世に送り出してきた須賀しのぶさんの、一般文芸進出第一弾作品だったもの。そうして出してきたものは、必然といっていいほど必然に、大河ロマン作品なんですよね。ちなみに代表作でもある【流血女神伝】もまた、カリエという少女の人生を描ききった大河ロマン作品でした。あれは、今までの三十有余年の人生の中で読んだ本の中でも五指に入る超傑作です。全27巻にも及ぶ大長編ですけれど、もし機会があれば手にとって見てください。「波乱万丈の人生」というものを、文字通り目のあたりにすることが出来るでしょう。
と、本作とは関係のないところで力説してしまいましたが、そんな須賀先生が新たに送り出してくる大河ロマンということで、そりゃもう単行本買うか買うまいか悩みきったものですけれど、敢えて文庫になるまで我慢して今に至る、と。
「大陸一の売れっ子女郎になる」という夢をいだいて、などという謳い文句を掲げてますし、実際フミもそれを夢と公言して憚らないのですけれど、そんな夢を持たざるを得なかったフミのそれまでの境遇は、当時の世相と最底辺といってもイイ立ち位置にある人間たちの置かれた環境にあってこそであり、いっそ凄まじい、凄絶と呼ぶに相応しいものでありました。そして、そんな人が人として生きていくのも難しい、という人間が一定数存在する、そんな貧しい時代でもあったわけです。彼女が凄いのは、まだ年端もいかない幼い子どもにも関わらず、殆どの人間が抵抗もできずにそうした凄絶な暮らしに甘んじ、また死んでいくしかない境遇にたった一人で抗い、生き残ろうとしたことでしょう。この娘は、自らの力で生きるチャンスを掴み、それが絶望的な状況の中でしがみつくしかなかった夢だとはいえ、紛れも無い「夢」を抱いて未来を手繰り寄せたわけです。それ以上に、このフミという子は、その夢を手に入れ、叶えようとする過程においてその為に他人を蹴落とすのではなく、親しくなった人たちをその夢で、生き様で、心意気で支え励まし、一緒に生きようとするのです。
人種が入り乱れ、時代がうねり混沌と化したその最先端でもある大陸の、ハルビンという魔都の中で、さらに妓楼という苦界の只中で、この少女の生きる意志と力は、多くの人を救い慰めていきます。妓楼という場所は、苦界の名にふさわしく、女郎という境遇の落とされた女達の人生は煮えたぎった闇そのものです。彼女たちはそんな闇の中で常に溺れ続け、苦しみ続け、そして耐え切れずに潰えていきます。「酔芙蓉」という店は、妓楼というものの中では比較的マシな所なのでしょう。ここの女将は女傑であり、異国の中にありながら軋轢を生まぬよう店を切り盛りし、厳しく辛辣な態度の中にも自分の店の女郎たちに秘めた情を持ち続け、フミに未来を与えてくれた人でもありました。女郎たちの境遇に容赦呵責もなく馬車馬のように働かされ、体を売り続けなければならないのですけれど、それでもこの女性の店で働くことは、彼女たちにとっては最低限の幸いだったはず。
それでも、フミの「姉」たる女郎たちは、儚く花のように散っていくのです。その寂しいこと、悲しいこと、切ないこと……そして、美しいこと。
幾度も幾度も、胸が詰まるような出来事が、思いが待っています。フミが親友として、姉妹として、何より夢を交わし合った相手として寄り添い合うタエも、このままならどうなってしまうのか、とハラハラしながら見ていたんですよね。ドロドロの感情に塗れて、いつか道を違ってしまうのか、それとも他の姉たちのように儚く壊れ散って行ってしまうのか。妓楼という闇の奥で、幼い少女たちが紡いだ友情が果たしていつまでほつれず続いていくのかと。
それでも、フミの大陸の厳しい寒さをも押しのけるような熱滾る生き様は、そのかけがえのない友情を守り続けるのです。タエの強靭な優しさは、実は繊細で傍目ほどには強靭ではなかったフミの心を支え続けるのです。最後まで、二人の絆が様々な感情を行き交わしながらもその芯では綻びもせず、揺るぎもせず、お互いを掛け替えの無い存在として大切に守り続けてくれたことは、心が温まるような思いでした。タエは、最初あんなに弱々しかったのに、本当に凄い女性になったよなあ。最初からバイタリティにあふれていたフミよりも、劇的な変化であり成長だったような気がします。タエには、幸せになって欲しい。最後の番外編を読むと尚更にそう思います。
運命の恋に区切りをつけ、新たな時代の訪れを前に、フミがこれからどういう人生を歩んでいくのか。やがてくる大陸の混乱期という時代背景もあってなんかここからさらに波瀾万丈な展開が待っていそうで、息を呑んで第二巻を待つばかり。

須賀しのぶ作品感想