つきツキ! 9 (MF文庫J)

【つきツキ! 9】 後藤祐迅/梱枝りこ MF文庫J

Amazon

「だって、私は、忍くんのことが――好きだから」真っ直ぐな想いを、聖はオレに伝えてきた。それからというもの、聖はいつにも増してなんだか積極的に接してくる。朝、部屋までオレを起こしに来たり、オレとの水族館デートをかけたルナとのコスプレ対決では服を脱ぎ捨てたりと、オレはちょっと戸惑うものの嬉しい時間を過ごしていた。こんな時間がもっと永く続けばいいと、本当にそう思う。だけど、その度にオレの脳裏にはあるひとりの女性がよぎってしまい……? 学園ハートフルラブコメ第九弾! 目を逸らしていた現実と胸に宿る想い。伝えたい言葉が今、紡がれる――。
一時期、かなりグダグダになってきていたこのシリーズも、七巻あたりから持ち直してきて、ラブコメとして非常にバランスのとれた完成度に達してきた。とは言え、その完成度というのは関係や世界観の固定化や停滞とは裏腹の、安定しながらも変化を厭わないアグレッシブなものと表現できるだろう。だからこそ、一時期の閉塞感から脱してこのラブコメ時空に飽きずに耽溺できるようになったとも言える。
事実上、ハーレムラブコメとしては本作は既にゴールに至っている。このまま曖昧に全員の事情がある程度片付き、好意がマックスに届いた状態でお茶を濁してハッピーエンドとして締めくくっても何もおかしくはない。類型的なハーレムラブコメではこの段階で大団円として終わるケースは珍しくはないのだ。
だが、本作は曖昧なゴールを超えてさらに向こう側に進もうとしている。なかなかに面白い試みだ。お陰で忍とヒロイン衆の関係が、特にメインとなるルナと聖との関係がそろそろ本気で十八禁に移行してもおかしくないくらいイチャイチャを通り越してペチャペチャと粘度を感じさせるくらい危ういものになってきているのが大変困りものなのである。よし、もっとやれ。
彼女たちに限らず、かおるんやマキナなどともスキンシップの密接さ、パーソナルスペースの隙間の広さがあって無いようなものになっており、もう目も当てられないようなことになっている。ぶっちゃけ、エロい!
とは言え、忍と彼女たちの関係は今のところまだハッキリと決まったものには定まっては居ない。関係がはっきりするということは、居心地の良さに曖昧に濁していた現状がどうしようもなく崩れてしまうという事でもある。
曖昧なままの現状維持には、どうしても限界がある。変化は否応なく訪れるものだし、誰かがその先を望みだした時、暗黙のバランスによって成り立っていたものは容易に崩れてしまう。
あとは、誰か一人を選んでその他にはお引き取り願うか、もしくはすべてを包括的に取り込み現状を丸ごと確固としたものとして定める他無い。
忍にとって、誰が一番大事なのか。誰に思いを寄せているのかについては、シリーズ当初から仄かに示されていたことだった。そんな忍にとって聖が建前も何もかも振り捨てて、率直に自分の恋心を詳らかにして愛している、愛して欲しいと迫ってきた時、その真剣な想いに対して別の女性に心を傾けながら中途半端に聖の愛情を享受してしまうことは、許せない不誠実だったのだろう。
曖昧なままでは、居られなくなってしまったのだ。
だからこそ、彼は誠実たらんとする。聖の求愛に対して、襟を正してみせたのだ。
そうなってしまうと、必然これまで緩くも形成されていたハーレム構造は崩れていく……はずだったのだが、ここで忍くんにとっての誤算が2つ。いや、誤算も何も忍が現状を積極的に怖そうという意志は皆無なのでこの誤算云々という言い方には語弊があるのだが、ともかく曖昧である以上脆いかと思われた彼らの関係は思いの外強靭だったのだ。すなわち、彼らの関係が忍という一本の柱にヒロインが寄りかかるという一点集中なものではなく、既に忍という存在を介在しなくてもヒロイン同士で揺るぎない強固な関係や繋がりを有した網目状の関係へとこの長期シリーズゆえの長いスパンによって構築が進んでいた、ということなのだ。
故に、一時的に聖と忍の関係がおかしくなってしまっても、このファミリーの屋台骨はこゆるぎもしなかったのである。極論ではあるが、今の彼女たちの関係は万が一、忍という存在が抜け落ちても、壊れずに保つ事が叶うところまで達しているのではないだろうか。
そして、もう一つの誤算は、忍にとって、もはや聖は一番大切だったルナと比べられないまでになってしまっていたところだろう。揺るぎない正妻の地位に甘んじて、というのは酷だろうが、それほど大きな動きを見せなかったルナに対して、シリーズ当初からの聖の影に日向に、無意識に意識的に問わずの積極的なアプローチの数々は思えば、怒涛のようなものでした。
聖の健気で献身的な努力は決して無駄なものではなく、その積み重なりは無視できない厚みを帯びていたのでしょう。いつの間にか、聖の存在は忍の中で掛け替えの無い大きなものとなっていたのです。まさに、努力は報われる。
まあ、こうなってしまうと、忍にとってはどちらも選べなくなってしまいます。否、選べない、もしくはどちらかを選ぶ、という選択肢はなくなってしまった、というべきでしょう。もはや此処に至ると、どちらも放さない、しかなくなってしまったわけです。
一度、主人公にその結論が出てしまえば、ハーレムラブコメは結果として現出するものではなく、主人公とヒロインたちの明確な意志と意図によって成り立つものへと変貌していきます。
この巻のラストで、ついにマキナにスポットが当たったのは、つまりはそうした次の段階へとこのシリーズが突入したことを示唆しているようにも感じ取れるのです。そう言えば、エルニの正体についても未だ明らかになっていませんし、これはしばらくの間、激しい動きが続きそうな予感……。

シリーズ感想