煌帝のバトルスローネ!  (角川スニーカー文庫)

【煌帝のバトルスローネ!】 井上悠宇/ぎん太郎 角川スニーカー文庫

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謎の事件に巻き込まれ、致命傷を負った零司。その時、異世界から“憤怒の竜姫”イラが現れ「余の前で死ぬのは許さーん!」と自身の力と引き替えに零司を救う。話を聞くと、異世界の王たちによる“煌帝”の継承戦争が勃発し、イラもその座を狙っているというのだ。しかし戦う力は零司に移ったため、継承戦争にはふたりで挑むことに!ところがパワーの源は「怒り」で、イラは強敵を前に「レイジ、今すぐ憤怒せよ!」と無茶を言い出し!?―。
「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「嫉妬」。
この七つの大罪と呼ばれる特性を種の属性として持つ七種族が、王を束ねる“煌帝”の座を巡り、相争うバトルロイヤル。
まあ大罪と言われるだけあって、この7つの感情や欲望は人を罪へと導くものだとされている。勿論、度が過ぎた欲望や感情は容易に人を悪徳に塗れさせるだろう。だけれど、これらの欲も感情も持たない者を果たして人間と呼べるのか。それを、生きていると言えるのか。さながら、何の欲得もない者は聖人と言うのだろう。だけれど、そんなものは空っぽの聖人だ。虚でしかない。
その意味において、“憤怒の竜姫”イラは罪業を背負った悪魔とは程遠い存在だ。彼女の怒りは、常に正道を貫いている。
【斬魔大聖デモンベイン】というノベルゲームの最終話に、こんなセリフがある。
成す術もなく邪悪に貪られていた…理不尽に、無意味に、ただ陵辱されていた……
それは、子供の明日を奪われた母親の嘆き。それは、子供の明日を護れなかった父親の怒り。それは、穢され続けてきた世界の、無力な憎しみ。
―だけど!それでも、それは怨嗟じゃないんだ!!
それは正しき怒りと憎悪!涙を流し、血を流し、それでも歩く事を止めない、いつしか希望へ辿り付こうと言う命の熾烈な叫び!全ての怒りと憎悪を清め、我が子に未来を遺したいと願う親達の優しき祈り!!
そう、彼女の怒りとは、まさにここにあるような正しき怒り。悪を憎むという憎悪。理不尽に失われるものを許さないという、怒りと言う名の優しき祈りなのである。
それが、登場した冒頭から隠すこと無くキラキラと煌めいているものだから、憤怒を体現する如く極度の短気キャラにも関わらず、その怒り方には隔意がなく淀みもなく、見ていてひたすらに清々しい。
一方で、主人公の戸惑いも理解できる。怒るという行為は、同時に自分を曝け出すことそのものだ。周りの顔色を見て、その人間関係の距離感を常に調整し均等を保とうとしている人間にとって、怒るという行為は全部を台無しにしかねない危険なものである。そして、自分の短絡さ、醜悪さ、無様さをぶちまけるような行為に、どうしても恥ずかしさを覚えてしまう。そう、怒りをぶちまけるという行為は、彼のような人間にとって恥ずべきことなのだ。彼は自分の平穏を守るために周りに合わせて偽りの仮面を被っているだけだ、と自己嫌悪と不信を抱いているようだけれど、勿論、彼の自己主張の無さ、後先考えずに強く言われたことに流されてしまう短絡さは無視できない悪しだけれど、容易に怒らない、という点は彼が思うほど歪でも悪しき事でもないと思う。彼の温厚さは、決して非難されるものではない。
なぜなら、彼は怒るべき時にはちゃんと怒ったからだ。自分の為に怒るのではなく、他者が冒された理不尽に対してきちんと怒って見せたからだ。
実に、正しい怒りである。
とはいえ、逆に言うとイラの力は、彼が怒るような事態にならないとなかなか発揮できなくなったわけで、制限としては相当にキツいのだけれど、幸いなのはイラその人がそのあたり全然気にしていないところか。普通、憤懣溜まるはずなんですけどね、彼女の場合常に発散しているせいか、全然貯めこまないし非常にカラッとして引きずらないのです。決して後悔せず、物事の良い部分を肯定し続ける。感情は過多でやかましいくらいなんだけれど、別に我儘でも横暴でもないし、鬱陶しさが全くないそのさっぱりした明快な性格は、実に良いヒロインっぷりだったんじゃないでしょうか。傲慢の人もあれで結構面白い人でしたし、このまま、七つの大罪と呼ばれる欲と感情の、正しい側面、人らしい良い側面を描き出していくお話になれば、なかなか面白そうな話になりそうです。