放課後のトラットリア 1 (メテオCOMICS)

【放課後のトラットリア 1】 漫画:水口鷹志/原作:橙乃ままれ メテオCOMICS

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「まおゆう魔王勇者」の橙乃ままれが、新鋭・水口鷹志とのタッグで描く、新たな物語。
夏の合宿の最中、突如ファンタジーな異世界へと転移してしまった女子高生四人組@料理研究部員。
いざ始まる大冒険! ――と思いきや、待っていたのは異世界観光ときどき料理のまったり生活。
ところが四人の持っている「料理」の技術が、異世界の人々に思わぬ影響を及ぼして……?
同じ橙乃ままれ作品にあてはめれば、【まおゆう魔王勇者】の魔王か青年商人、或いは【ログ・ホライズン】のシロエの立場にあるのが、彼女、海燕院あやめである。
突然異世界に放り込まれてしまった四人の女子高生のまとめ役。その見識と観察力、そして判断力は生半の大人を凌駕している、どころかこれほど傑出した人物は社会を見渡してもほんの一握りだろう。
彼女の凄味は、言うなれば「価値」というものを熟知していることにある。価値というものは、示さなければ何の意味も成さないものであると同時に、やたらとひけらかすことで容易に失われてしまうものだ。価値を示しつつ安易に消費させない。あやめたちの持つ現代の知識は、異世界ではまさしく珠玉の価値を持つものだ。それは、もはや武器だと言っていい。
そう、彼女たちの知識は武器そのものなのだ。強力すぎる武器を考えなしにぶんぶんと振り回して暴れる人物は実のところ危険人物でしか無い。そして、自分の持つ武器の力と価値を正しく認識せず考えもしないものは、簡単に良いように利用されその力と価値をしゃぶり尽くされてしまうだろう。だからと言って、自らの価値そのものを秘密にして隠してしまえば、取るに足らない存在として異邦人である彼女たちは頼る足場のない異郷で身一つで放り出されてしまうことになる。
だからこそ、価値は誇示して力を示しつつ、その行使は惜しんで価値そのものを高めなければならない。
自分たちを庇護する若き領主に、そんな自分の価値とスタンスを示して見せたあやめという少女は、まさしく異世界における自分たちの価値を十全理解しきった上で、自分たちは貴方達に利用されるだけの道具にはならないけれど、利用価値のある存在としては協力をするよ、と言外に言ってのけたわけだ。つまり、庇護を受けながら独立性を固持してみせた、ギブアンドテイクの関係、つまり対等の立場を守ってのけたのです。その権力との近づきすぎず離れすぎずという政治距離感覚と、環境と状況を読み取る観察考察能力、若き領主エルステインの人柄や誠実さ、政治スタンスなどを見抜く人間観察力に、それに対応した交渉力。
ぶっちゃけ、異世界の知識なんかなくっても、あやめという少女はあまりにも図抜けている。その協力が得られるのなら、国際政治経済上の最前線である若き都市に赴任し、いくらでも人材を欲しているエルステインにとって珠玉の価値を持つものだ。言わば、彼女は異世界の知識という商材を売らないまま、自分たちを売りつけることに成功したと言っていい。まったく、とんでもない少女である。

で、その事実を前提にもう一度この物語を見直すと、異世界の料理というファクターは非常に面白い立ち位置で回っているんですよね。普通、こういう展開だと料理人が異世界に転移して、自分たちの未知の料理で異世界の価値観そのものをひっくり返していく、という現代料理の衝撃、という要素が物語の十全を担うことになるのだけれど、本作は彼女たちが居を構えた都市の政経情勢と、エルステインとあやめの交渉による異邦人としての彼女たちの立場というバックグラウンドを精密に設定して、物語の本筋そのものを都市の発展と周辺諸国、本国との鬩ぎ合いという観点に置いたことで、料理部の料理は政経動向の発端であり出力単位として扱われようとしているわけである。
勿論、あやめ以外のくいなたちは、純粋に美味しいものを食べたい、みんなに食べさせてあげたい、という含みのない思いから走り回るのですが、本作の料理という「武器」の振るい方、というよりもその振るい方への考え方が非常に面白く、この辺りが橙乃ままれという人の独特の振舞い方だなあ、と深く首肯した次第。
巻末には原作の橙乃ままれさんの短編、あやめとエルステインの静かで鋭い交渉が描かれているのですが、これがまた歯ごたえたっぷりの内容。
まったく、ひと味ちがう面白さでした。オススメ。