覇剣の皇姫アルティーナ (ファミ通文庫)

【覇剣の皇姫アルティーナ】 むらさきゆきや/himesuz ファミ通文庫

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あたしは皇帝になる。あなたの叡智が必要なの。

剣も弓も苦手で、本ばかり読んでいる落ちこぼれ軍人のレジス。左遷された辺境で、彼は運命を変える少女と出会う。赤い髪、紅い瞳を持ち、覇者の大剣を携えた皇姫アルティーナ。落胤が故に、14歳にもかかわらず、辺境軍の司令に任じられていたが、彼女は己の境遇を嘆くことなく、とある大望を抱いていた。「あなたを信じるわ」少女から軍師として求められたレジスは共に困難へと立ち向かっていく。覇剣の皇姫と、読書狂の青年が織り成す覇道戦記ファンタジー!!
すみません、この作品については完全にアンテナの外でした。知略戦主体の軍師が主人公の戦記モノなんて、好みも好みのドストライクにも関わらず、存在を知ったのが舞阪さんの【ガブリエラ戦記】のあとがきで、だなんて。あとがきで他作品の宣伝なんて初めて見ましたけれど、ここで書かれてなかったら当分気づかなかったでしょうし、感謝感謝。
最近、徐々にこの手の戦記モノが増えてきているというのは嬉しいなあ。
というわけで、辺境に左遷されてしまい、そのまま隠遁して読書三昧の生活を送ってやろう、と企んでいたレジスの前に現れたのは、彼の評判を聞きつけた同じく厄介者として辺境の守備隊司令官として中央から遠ざけられていた皇姫アルティーナ。
面白いのが、この段階でアルティーナが殆ど無名、少なくとも軍の指揮官や王族としては何の実績も名声もなく、お飾りのお姫様として遇されているところでしょうか。後ろ盾となる大貴族や軍、派閥というものもなく、彼女が名目上の司令官を拝命している辺境部隊も、コチラも不遇をかこっているかつての戦役の英雄が実権を握っていて、アルティーナの言うことなんか何も聞いてくれない。ここまで徒手空拳の段階から立身を強いられるお姫様というのも珍しい。逆に言うと、ここまで何も持っていないにも関わらず、王宮に閉じ込めておかずに辺境なんかに飛ばしてしまった、宮廷の実権を握っている皇太子はこの段階で下手を打ってしまっていた、という事なんでしょうなあ。アルティーナの心底をどれほど見抜いていたのか、辺境の国境守備隊司令官として燻って不満を溜め込んでいる将軍ジェロームの元に、神輿となりかねない皇姫なんて存在を送り込む危険性についてどれほど考慮していたのか。暴発させて諸共処分する目算でも合ったのか、さすがに二人の野心まで把握していなかったのか。今のところ、怜悧で才気煥発といった風情の皇太子が、実際にどれほどのやり手かどうかはまだ直接的に描写はされていないので、そこは暫し待ってみないとわからないが。
ともあれ、まずアルティーナは徒手空拳の段階から自分の命令を聞いてくれる軍勢を手に入れないといけない、というところから始めなければならなかったわけで、さらにその為には全く働く気のないレジスと、飼われる気など毛頭ない野獣のような将軍ジェロームを手懐けないといけない、という相当に高いハードルが最初から用意されていたわけです。つまるところ、忠実な家臣団の形成ですな。……これ、主人公、レジスじゃなくてアルティーナの方なんじゃないの?(笑
しかも、なかなか厳しいことにこのジェローム将軍、相当に野心は高いみたいなんですよね。この手の戦記モノだと初期段階でくっついてくる側近武官は忠誠心マックスなんですが、このジェロームさんはアルティーナがある程度ラインを割ってしまうような下手を打てば、即座に見捨てるか実権を奪い取る気満々なところが伺えるあたり、スリル満点です。と、同意に軍師であるはずのレジス。彼の働きを見ていると、内政官、事務官、そして軍略家としては非常に高い力量を見せているのですが、彼当人が持つ不安としては自分は読んだ本にあった事をそのまま引用しているだけで、応用力、想像力に欠けるんじゃないか、という点を気にしているようです。今のところは、まだそこで味噌がついたことはないので実際どうなのかはまだまだわからないですし、見ている感じでは柔軟に知識を現実に応用していく能力については非常に長けているように見えるので当人が抱いているほど不安は感じませんねえ。ただ、それよりもハッキリとしている彼の欠点、というか持ち合わせていない分野の能力として、どうも政治的センスにいささか欠けている節があるんですよね。それも、政治的なパワーバランスについて、まったく無頓着なきらいがある。先に仕えていた恩人である人に献策する際に、貴族間の面目や力関係を全く考慮していなかったり、その後も政治的な駆け引きや配慮についていまいち見識を持っていないような素振りを幾度か見せてるんですよね。つまるところ、レジスって参謀職どまりで宰相としてはいささか能力に欠けている節がある。尤も、人心掌握についてはちゃんと見識を持っているようですし、その方面について勉強や知見を増やしていけば、適性がないというわけではないと思うのですけれど、今のところは非常に心もとない。この手の政治力学に対するセンスや知見に欠けていると、やることが頭のいいバカの所業になりかねない。増長や傲慢さとは縁のない謙虚な青年ですけれど、それでも自分の知識や常識の中だけで結論を出してしまう、というケースはあり得ますからね。
ジェロームも、政治的な駆け引きに長けていれば、英雄にも関わらずこんな辺境に追いやられてくすぶっているはずもないので、そっち方面については全然ダメだろうし。そうなると、意外にも政略戦についてはアルティーナ本人に求められる事になりそうなんですよね。ジェロームの部隊を掌握してのち、どうやって皇帝の座を奪取するかのグランドデザインも、レジスはしばらく頼りになりそうにないから、アルティーナ本人がある程度方向性や段取りを自分で考えなきゃいけなさそうですし(レジスはこの段取りや方向性が決まった後、実際にそれを成立させるための戦略・作戦立案、実務処理については辣腕を振るいそうなんですが)……いやこれ、人材がまだまだ足りてないですよ? 少なくとも、レジスは軍師を標榜するにはまだだいぶ成長が必要っぽいなあ。ただ、それは同時にアルティーナ姫と一緒にメキメキと成長していく余地があるということでもあるので、その意味では非常に楽しみ。