ニーナとうさぎと魔法の戦車 5 (ニーナとうさぎと魔法の戦車シリーズ) (集英社スーパーダッシュ文庫)

【ニーナとうさぎと魔法の戦車 5】 兎月竜之介/BUNBUN スーパーダッシュ文庫

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愛機・ラビット号の砲身がニーナの魔力に耐えきれずに折れてしまい、その買い換えの費用を稼ぐため、アンフレック一周の賞金レースに出場することになったラビッツ。そんな折に出会った天才発明家にして大金持ちの青年社長・コルノがラビッツのメイド・サクラに一目惚れする。レースの主催者でもある彼は、規定の10倍の賞金とサクラとの結婚を賭けた勝負を提案するが、これをサクラが受けてしまう!絶対に負けられないラビッツに、コルノの新型戦車と、それに搭乗するドロシーの過去を知る凄腕レーサーが迫る!結婚・賞金・因縁!?全てを賭けたレースが開幕する。
戦車でレース、という発想が凄いなあ。単純にレースとしての面白さもさることながら、あくまで戦うための兵器だった戦車を「競争」に用いることで、戦争が終わり平和な時代になったのだという実感をもたらしている。これまで、このシリーズは戦争の残滓を引きずるような、まだまだ傷跡から血を流している「戦後」を意識させるエピソードを主軸に進んできていたのだけれど、前回辺りから段々と戦争の時代が過去になろうとしている過渡期が描かれる段階に突入してきたような気がするんですよね。戦車がレースに使われ、レース専用の戦車が現れる、という出来事も去ることながら、サクラの結婚話と失ったものの話。戦中時代における有能な指揮官としてのドロシーの在り方と、現在の彼女との変化など、今が平和な時代に落ち着きありつつあるのだ、という感覚が読み進めるうちに無意識のうちに染み通って伝わってくるのです。これは、最初からもう平和が訪れていた世界ではなくシリーズの当初から戦争を引きずった悲しく痛々しいエピソードが続いていたからこそ、空気の変化がより実感を伴って伝わってきたんだと思うのです。
しかし、サクラさん、今回の話は決して悪い話じゃなかったと思うんだがなあ。いや、確かにあの段階では断って勝負に持ち込むことは何もおかしくはないと思うんですよ。社長、余りにも強引、というか感覚的すぎて何も考えてませんでしたし。ただ、ラストのプロポーズは本当に良かっただけに、あそこは受けちゃってもサクラさん、幸せになれたんじゃないかなあ、と。でも、社長もこれで諦めないで努力し続ければ芽は絶対あると思うんですよね。イイ男なだけに、むしろサクラさんを諦めずに頑張って欲しいとすら思う。彼なら、ラビッツのメイドさん辞めろとは、もう言わないでしょうし。サクラさんも、過去はもう引きずっていない様子でしたしねえ。

社長のあのお金がすべての基準になる、という考え方は一概に間違っちゃいないと思うんですよね。というか、才能や能力さえあれば評価される、何て事はどうしたって難しいし無理な話なんですよね。優れた製品や、素晴らしい作品がただそれだけで評価されるわけじゃありません。兎に角、その対象について知って貰わないと始まらないんですよね。そのために宣伝は必要だし、情報を広めてくれる人や組織、団体に認識してもらい受け入れて貰わなければならない。その為には交渉や金銭というのはどうしても必要になってきますし、そこに必要な能力や才能というのは、その人が認めて貰いたい才能や能力とはまた別だったりする。古来より後世に名を残す天才クリエイターが不遇を託つ事が多かったのは、結局評価を広める才能を持たなかった、或いはその能力を持つ人が側に居なかったからなんでしょうね。その意味では、コルノ社長には副社長という存在が居ました。副社長は、もっと自信をもつべきだったんだよなあ。自分のやったことが決して社長の才能を貶める事ではなかったんだ、と。でなければ、コルノに引け目を持ってしまって苦言を呈する事が出来なくなるなんてこともなかったはず。コルノ社長は、このレース間だけ見てても、サクラやカレンの忠告やお説教をちゃんと聞き分けていましたし、言われたことが間違ってさえいなければ聞く耳は幾らでも持っていたわけですから。と、その割に副社長の悲鳴や文句はスルーし続けていたみたいですけどw まあ、ちゃんと誠意と信念を持って体当たりしてりゃあ、というお話。今からでも、全然遅くはないんですけどね。むしろ、紆余曲折合った分、これからはより深い信頼と友情を持って忌憚ない意見を戦わせることの出来る関係になれたのですから、回り道だったとしてもよりよい道に入ったと思えばいいのかもしれませんね。やり直せるということは、いいことですよ。このシリーズではやりなせずに潰えてしまった人も少なからずいるのですから。

シリーズ感想