剣刻の銀乙女2 (一迅社文庫)

【剣刻の銀乙女<ユングフラウ> 2】 手島史詞/八坂ミナト 一迅社文庫

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謎のクラウンとの刻印を巡る戦いからしばらくのち。強制入学させられたエストレリャ学園での生活に慣れることができないヒースと、慣れすぎてあちこちで騒動を起こすエステルは、今日も騎士姫ルチルの説教を浴びていた。そんなある日、近隣の港町コスタに現れた罪禍の怪物を討伐すべく、ルチルはヒースとエステル、そしてヒースにようやくできた友人のエリオを伴って向かうことにしたのだが、そこに現れたのはエステルも知らない未知の罪禍だった。その頃、ルチルたちが不在の学園でも生徒が行方不明になる事件が起こる。消えた生徒たちにはある共通点が見つかり…。王国を襲う新たな危機に、騎士姫ルチルが立ち向かう。シリーズ待望の第二弾登場。
【影執事マルク】の頃からそうだったけれど、恋してしまった女の子を描かせたら抜群なところがある作者だなあ、この人。というわけで、今回はメインのエステルを据え置いて、騎士姫ルチルが主役を担うエピソード。この扱いの上等さを見ると、ほぼエステルとルチルのダブルヒロイン体制で行くつもりか。
刻印を巡る凄惨な戦いで大きな心の傷を負ったルチル。それを周囲に隠して多忙な日々に没頭するものの、刻印が狙われ、いつ誰が襲ってくるかも分からないという状況は変わらず、学園でも不穏な事件が起こっている。心やすまる暇もなく、心の傷は癒えるどころか密かに膿みはじめていた、と。
自分の弱さを表に出せない性格、そして立場にある人が頑張りすぎて壊れてしまう、というのは決して珍しい話ではないんですけれど、周りに信頼出来る人間が少ない、というのは堪えるだろうなあ。信頼出来ないだけならともかく、今の状況はそれが即座に自分を殺しに来るかもしれないと警戒し続けないといけないという意味に繋がり、さらには無辜の市民たちですら場合によっては襲い掛かってくるかもしれない、というんだからいっときも油断出来ない生活というのはどれだけ精神的に疲弊するものか。
何だかんだと、今回も誰が信用できて誰が信用出来ないか、という信義を問うとともに自分がどれだけ他人を信じられるか、という話になってますしね。見れば見るほど、過酷極まる状況である。
そんな中でルチルの唯一の慰めとなり心の潤いとなるのが、ヒースとエステルの存在であり、力によらず笑いで世界を満たそうというエステルの存在が、何だかんだとルチルにとっても大きなものになっているのがよく分かる。奔放なようで、エステルって何気に繊細に他人の精神状態を察せる子ですしね。トラブルメーカーの問題児にも関わらず、頼もしったらありゃしない。
一方で、ヒースも一般人のふりしてメンタルはブレないし、腕前も……なにこいつ、槍に関してはこんなに尋常じゃなかったの!? てっきり根性だけマックスで、技量についてはちょっと上手い程度だと思っていたので、この腕前には愕然としてしまった。ってか、ヒースの自己評価が低すぎるんだろう、これ。師匠に下手くそと言われ続けた上に、才能は平凡とまで断言されたせいなんだろうけど……師匠、あんた煽りすぎですよ。これを平凡と言われたら、他が立つ瀬ないわー。尤も、前回エステルを巡る戦いにおいて、ヒースがメンタル的にブレイクスルーした結果、停滞していたものが突き抜けた、という事もあるんだろうけれど。いや、これは門番やらせてるには惜しい人材だわ。まあ、本人は物凄く門番やりたいみたいですけど!! 何気に門番の仕事を通じて地理や社会情勢など、巡回商人並の知識も蓄えてて、脳筋バカではないようですけど。やりたきゃ、身分が将来騎士や貴族になったとしても、仕事として門番やってもいいんじゃね?
とまあ、そんな平凡臭が付きまとっていながら部分部分突き抜けているヒースですが、一番すごい所は打算抜きの素朴な思いで動けること。それは地味で目立たない心映ながら、その心意気に救われ騎士として立つ事の出来たルチルにとっては、彼こそが英雄であったわけです。そんな彼と身近な友人として接するようになり、彼の良いところも悪いところも情けないところも目の当たりにし、しかし自分が憧れた部分は何も変わらず、自分にとっての英雄そのままだった。でも、その英雄は今や遠い所から思いを馳せて憧れる存在ではなく、自分に叱られ尻尾を巻いてへこんだり、エステルに振り回されて悲鳴を上げて泣いているみっともない男の子でもあり、手の届くところで笑っていてくれる男の子でもあるわけです。そして、他人に見せてはいけなかった弱い自分を受け入れて、その上でずっと見守ってくれると宣言してくれた存在である。弱さも強さも何もかも包括して、全肯定してくれる存在。ふと気がつくと、その人のことを考えるだけで心が湧きたち血が巡る。
ルチルが自分の恋を認める瞬間のシーンが、実に素晴らしいんですよね。あの文章を見たら、どれだけ彼女がメロメロになっているのかが一目でわかる。恋する乙女の咲かせる花の、なんと見事な出来栄えか。
ヒロインの片割れがこれだけ恋に目覚めてしまったのですから、次はまだ恋の何たるかも知らないエステルの出番でしょう。
裏ではまたも泥濘のような陰謀が進行し、エステルに焦点があたるだろう次回も、この調子なら期待を募らせて待てそうです。

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