路地裏のあやかしたち―綾櫛横丁加納表具店 (メディアワークス文庫)

【路地裏のあやかしたち 綾櫛横丁加納表具店】 行田尚希 メディアワークス文庫

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高校生の小幡洸之介は、画家である父の作品が夜になると動き出すという怪奇現象に悩まされていた。「そうした事件を解決してくれる場所がある」と耳にして訪ねると、そこはいかにも怪しげな日本家屋。意を決して中へ入った洸之介が目にしたのは、驚くような光景だった。そして彼は、加納環と名乗る、若く美しい女表具師と出会う―。人間と妖怪が織りなす、ほろ苦くも微笑ましい、どこか懐かしい不思議な物語。第19回電撃小説大賞“メディアワークス文庫賞”受賞作。
煙草屋のお婆ちゃん結界!(笑
人避けの結界とか張ってるんじゃないんだ。お婆ちゃんに見張ってもらってるんだ。いや、それ以前に煙草屋のお婆ちゃんなんて存在自体がもう妖怪なんぞより伝説の向こう側の存在じゃあないですか。まだ駄菓子屋のお婆ちゃんの方が居てそうだ。
そんな煙草屋がある時点で、随分と古風で明媚な街だというのが窺い知れる。そも、横丁だとか小径というのが風情があるんですよね。これは、その辺の商店街だとかではなかなか醸し出せない彩食である。
さて、本作が取り扱うのは表具師と呼ばれる絵画などを彩る表装を手がけるお仕事。この話の中では主に掛け軸や絵画の装飾などを手がけているけれど、表具師の仕事内容というのはかなり多岐に渡っているようで結構現代でも需要があるようだ。職業訓練校などもあるようですし。とは言え、平安時代から続く伝統工芸のジャンルでもあり、父親が画家だったとはいえ当人は特にそちらの勉強もしたことのない一般的な高校生だった主人公が、ひょんなことから出会った美人の女表具師に弟子入りして、表具という職人の世界に入り込んでいく、というシチュエーションにはこうそそるものがある。まあ、まだ本格的な弟子入りというわけでもなく、通り一辺倒基本的な知識を教えてもらい、実践しながら覚えていく、というわりとのんびりした雰囲気で、厳しい職人の世界、という感じではないんですけどね。
でも、若い子がこういう古くから続き今にもしっかりと根付いている工芸の世界に参入していく、というのはやっぱりいいものですよ。彼がこの後、父親の残した絵の表装を完成させてなお、表具師の道へと進むのかはまだわかりませんけれど、若い人がこういう技術の担い手となって行ってくれる事は良いことだと思うんだ。
って、あんまりそんな伝統工芸とか職人の世界の話じゃないんですけどね。むしろ、古い絵に託された想いが溢れて、付喪神と化した絵の想いを汲み取り、それに適した表装を仕立てることで絵を残した人、受け取った人の気持をつなげ、また純粋に絵を素晴らしい形で見栄えよくして仕立てあげる、というまあ言うなレバ人情話の連作集でありますな。
様々な職業、仕事を通じて、人の想いを汲み取っていく、というパターンは今やメディアワークス文庫の王道路線とも言うべき流れになってきているような気がします。その意味では、のっけから新人作品でこういう話が投稿され、受賞してこうしてお目見えしてきた、というのはあるべくして、なのかなあ。
ここに登場する妖怪たちは、非情に人間味あふれていて、えらく現代社会に適応してしまっている人たちなのですけれど、その分人間としての魅力には長けていても、やや神秘性については失われてしまっているきらいがあります。何百年も生きているが故の、人間を超越した精神性、異なる価値観、というものはあんまり見当たらないのですが、ただ若い風体のわりに時折垣間見せる年輪を経たどこか透徹とした立ち居振る舞いは、人情モノとしては十分な重さのような気がします。狸は例外として。
特に面白いのが、主人公の洸之介と加納環の関係でした。さすがはメディアワークス文庫というべきか、主人公とヒロインであるはずの二人の関係は、色恋沙汰が介在しない艶めくものがないものでした。かと言って冷めた他人の付き合いというわけではなく、師弟でありつつも厳しい上下関係があるものでもなく、どちらかというと親戚のお姉さんという風な、身内特有の親密でありながらどこか憧れに彩られた近くも遠い距離感、なのです。環さんも、洸之介の事を可愛い弟分のように扱っていて、双方ともにそうした近くて遠い関係に満足しているので、とても穏やかな雰囲気に浸ることが出来ました。どちらかが寂しい思いをしている時には、純粋に優しく寄り添って隙間を埋めあえるような、やわらかな関係。流れる時間の異なる二人ですけれど、洸之介がおとなになり、自分の家族を持って、やがて老いていったとしても、この二人はさいごまで変わることなく優しく寄り添えあえる関係なんだろうなあ、と思えたことが心地よい感慨でした。