ビブリア古書堂の事件手帖4 ~栞子さんと二つの顔~ (メディアワークス文庫)

【ビブリア古書堂の事件手帖 4.栞子さんと二つの顔】 三上延 メディアワークス文庫

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珍しい古書に関係する、特別な相談――謎めいた依頼に、ビブリア古書堂の二人は鎌倉の雪ノ下へ向かう。その古い家には驚くべきものが待っていた。
稀代の探偵、推理小説作家江戸川乱歩の膨大なコレクション。それを譲る代わりに、ある人物が残した精巧な金庫を開けてほしいと持ち主は言う。
金庫の謎には乱歩作品を取り巻く人々の数奇な人生が絡んでいた。そして、迷宮のように深まる謎はあの人物までも引き寄せる。美しき女店主とその母、謎解きは二人の知恵比べの様相を呈してくるのだが――。
今回は、以前からビブリア古書堂を目の敵にしていたヒトリ書房の井上さんが深く絡んでくることに。店の名前を「ヒトリ書房」と設定した時点で、彼に纏わる話は既にできていたんだろうか。SF畑を特に重きをなして扱っている店、というのは当初から明かされていたわけですし、構想はあったんでしょうね。となると、思っていた以上に本作における構想は大きく広がって出来ているのかもしれない。栞子の母親が追い求めている古書、というのもまた同様に。
にしても、あんな脅しをかけられていたら、そりゃあ井上さんもビブリアを恐れ嫌悪するわなあ。直接関わりなかったとしても、場合によっては結果として同じような形で智恵子によって人生ねじ曲げられていたかもしれないのですから。この脅迫って、本気で犯罪レベルじゃないんですか? 以前の藤子不二雄の古書の事件でも大概でしたけれど、他人の弱みに付け込んで、というのはどんな理由があっても嫌悪しか催さないです。
その意味では、栞子さんの母親への拒絶というのは当然のようにも見えるんですけれど、あの過剰な反応は同時に彼女のフクザツな心境をもうかがわせるんですよね。それが理解できたのは、文香の母親への反応なんです。
これまで密かに母親につながりを求めるようにメールを送り続けていた文香。てっきりこの子は、姉と違って殆ど会ったこともない母親に対して、会わないからこその愛情に飢えているのかな、と考えていたのですが、この子はそんなタマではなかったですね。十数年ぶりに再会した母親に対して、年月のブランクもないかのようになついた素振りを見せておいて、バッサリと切り捨てたあの怜悧な態度には思わずゾクゾクっとなってしまいました。その文香が智恵子に示してみせたものこそ、あんまり不義理を働いしていると、あんた本当にこの店に居場所無くなるよ、私のこころの中に居場所なくなっちゃうよ……つまり、貴女に対して興味も関心も無くしてしまう、無関心・無価値な存在になってしまうよ、という最後通告だったわけです。
好きの反対は、嫌いじゃなくて完膚なきまでの無関心、というのはよく言われる言葉ですけれど、それを文香は再会を純粋に喜びながら、同時に冷厳と突きつけてみせてくれたわけです。ハッとさせられましたね。つまり、これが子を捨てた親に対する一番厳しい姿勢だとすれば、じゃあ栞子さんのそれは? と考えてみると、彼女の頑ななまでの智恵子への反発というのは、以前からその傾向がありましたけれど、惹かれてしまうからこそ過剰に反発することで逃れようとしているように見えてくるわけです。
嫌らしいことに、それを智恵子もまた十分わかっているっぽいところなんですよね。この母親は、異常な自分の最大の理解者がこの長女であることを十分に承知している。彼女をこれまで放置していたのは、まさに栞子さんが自分の分身のように育っていっていた事に安心していたからなのではないでしょうか。
ところが、ある日突然、その分身のもとに一人の男が寄り添うようになってしまった。
智恵子が栞子の元にその姿を見せ始め、ちょっかいを入れだしたのが、ちょうど五浦くんがビブリア古書堂に出入りするようになった後であることを鑑みると、あながち穿った見方でもないと思うのです。そして、彼を傍におくことで、娘が想定していたのとやや違う形を取り始めたことに焦りを抱き始めたのではないでしょうか。今回、直接姿を見せたのも、何より先に五浦くんに会いに来たのも、その現れだったのではないかと。そもそも、智恵子さんの言動は今回いくらなんでも挑発的すぎるんですよね。あれじゃあ、栞子さんを煽っているようにしか見えない。もっとも、完全に栞子さんを自分一人のものとして連れて行こうとしていたか、というと本気ではあったけれど、絶対そうしなければならないとまでは思いつめてはいなかったんじゃないかなあ、とも思える。最大の理解者を腕の中に留めたいという気持ちと同時に、自分から娘が本当の意味で離れていくことを受け入れようとする気持ちもあったのではないかと。
この人はやっぱり好きになれないんだけれど、やはり完全な悪人というふうには持って行かないと思うんですよね。でも、やらかしていることを思えば、とてもじゃないけれど許容は出来んよなあ。
まあそれだけに、最後の栞子さんのきっぱりとした答えには胸がすく思いでした。五浦くんの告白に対する答えとしたら、これ以上なく痛快じゃあないですか。それに、デートで栞子さんのあの癖が、本を読んで上機嫌な時しか出ないはずのその癖が、五浦くんとのデートで出た時には思わずニヤニヤしてしまいましたよ。いい雰囲気じゃあないですか。

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