FORTHシリーズ 連射王<下> (電撃文庫)

【FORTHシリーズ 連射王(下)】 川上稔 電撃文庫

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ついに一区切りとなる目標を果たした高村・昴。だがその時、彼が感じていたのは達成感よりも喪失感であった。「君は、ここで降りますか?」その問いに対する答えが見いだせぬまま、ついにゲーマ“竹さん”が大連射2との計り知れぬ勝負に挑む日がやって来た。降りるか、続けて行くか?その答えは―。「君が問うところ、ゲームは必ず待っています」『GENESISシリーズ境界線上のホライゾン』『AHEADシリーズ終わりのクロニクル』の川上稔が贈る、異色の青春“ゲーマー”小説“下”巻。
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熱冷めやらぬまま、数日置いてなお思い返せば余韻が胸の奥にこだましている。指の先にまで充ち満ちた何かがピリピリと弾けている。
何とも、凄い小説だった。それが、終わらないまま、掴み取れないまま取りすがる手を巧みに躱して、通りすぎていってしまった。喪失感も虚脱感も置いていってはくれなかった。だから、もどかしくも擽ったい感覚がいつまでもいつまでもエコーし続けている。熱は未だ冷めやらない。
わざとなんだよなあ。わざと、置いてけぼりにされた。夢中という心理の先にある「本気」。その本気の更に先は、連射の向う側にある答えを見ていいのは高村・昴だけであり、自分だけのそれを見るのは各々が各々の特権を駆使するべきなのだろう。こればっかりは、与えられては色褪せるばかりなのだから。
でも、昴も竹さんも、本気に到達した時にその他すべてを投げ出す事によって突き詰めるのではなく、ちゃんと傍でその本気を見ていてくれている人をゲットしてるんですよね。この本気というのは、自分だけの世界を構築して閉じこもってしまうこととは正反対なんだろうなあ。もしかしたら、何かに本気になるということは、自分以外の誰かがその本気を信じてくれる事が必要なのかもしれない。それが勇気となって、本気に至れる。それが支えとなって本気の向こうに辿り着ける。そうやって、人が連なりあい支えあうことでそれぞれが答えを見つけあい、答え合わせが出来たら幸せなことなんだろうなあ。
一度、ワンコインクリアにたどり着き、そこから先に行こうとして、先を歩いている人を追いかけようとして振り落とされ、どん底まで落ちて全部なくした気になり、そこから一つ一つ立て直し、取り戻し、新たに手に入れて、そうして信じるべきものと信じてほしいものを見出して、再び辿り着いたスタート地点。ファーストプレイ・ワンコインクリアという領域への挑戦、すなわちファーストにしてラストゲームのスタート。こっから、怒涛の150ページ弱。
150ページである。
シューティングゲームの一面からクリアまでの流れが怒涛のようにスクロールしていく150ページ。熱がうなぎのぼりに上昇し、ヒートアップしていく150ページ。彼女が現れ、昴がプレイしながらその傍らで彼女―蓮が竹さんの残した手紙を読み聞かせてくれるくだりは、もはや伝説的な名シーンと呼ぶに相応しいのではなかろうか。
ゲームセンターでシューティングゲームをしているだけの場面、それがこれほど感動的で情熱的で詩情あふれるシーンとなるものなのか。
改めて思う。本作は、読む人の心に熱い火を灯すような作品だった。そうして、とんと背中を押していってしまうような話だった。そうか、置いてけぼりにされたんじゃない。前に去っていったわけじゃない。
見送られたんだな、竹さんがそうしたように。

高村・昴と岩田・蓮、この二人のラブストーリーも必見。川上さんの作品はどれもLOVEが重要な項目となって生きているのでありますけれど、この二人ほど真っ当な青春やってるのは珍しいというか他にないというか。小山田先生と親友の仲くんの少ない出番が全部重要で存在感タップリだったところとか、思い返してみても文章量が多い割に不要な部分が少ないんですよねえ。全部、大事で必要で、意図が込められている。
二人が苗字ではなく、お互いを昔のように名前で呼ぶタイミングが、また実に届いてるんですよね。ここしかない、というタイミングに届いている。後半なんぞ、二人の一挙手一投足に至るまで行き届いていた感がある。蓮がゲームをプレイする昴の隣に座る、あのシーンの自然さ、いや在るべくしてこうなった、収まるべくして最後のピースが収まったかのような美しさは脳裏に焼き付いて離れません。

……で? セッションしましたか?w
親、居ないんだもんなあ、ねえ、川上作品的には(超失礼

これをハードカバーで買った人は、後悔しなかったんだろうなあ。でも、やっぱり手を出しにくかったのは確かなので、この文庫化を機にもっと多くの人に手にとって貰いたい。そう願わざるをえない傑作でした。
凄い作品でした。


上巻感想