聖剣の姫と神盟騎士団I (角川スニーカー文庫)

【聖剣の姫と神盟騎士団 1】 杉原智則/Nidy‐2D‐ 

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「おまえ、わたしのものになりなさい」「は?」お調子者の初級魔道士ダークは、無敵の傭兵騎士団“聖剣団”の若き女剣士フィーネによって、無理やり団員にさせられる。だがラグナの谷を守るその騎士団は、今や弱小の“二代目”となっていた!フィーネの下で聖剣団復活に付き合わされるダークだが、そんな矢先に禁断の黒魔術を操るカーラーン国の“魔軍”がラグナの谷に侵攻し―!?谷が危機を迎える中、ダークは思わぬ作戦に出る。
すっごいな、この主人公、筋金入りの「小悪党」だ! いやあ、面白かった。これまでの杉原さんの作品からすると恐ろしく方向性を変えてきているんだが、こんなコメディタッチの話も書けたのかと驚くくらい軽妙なノリの作品になっている。【殿様気分でHAPPY!】以来じゃないんだろうか、こんなノリの。
この人もデビューしてから十年以上経っている古豪と言っていいくらいの人であり、作風もだいぶ固まってきているんですよね。それを、此処に来てガラッと作品の雰囲気を変えてくるというのは大変だったと思うのですが、これは成功だったんじゃないかなあ。単にノリを軽くするだけじゃなくて、ちゃんと今まで培った質実剛健の戦記モノを書いてきた経験と、薄っすら仄暗く負の面に傾いた人間心理、即物的な欲望に基づく行動原理などの描写を上手く練り込んで下地にしているように見える。だからか、ノリとしては軽いにも関わらず、細かい所、目端の行き届きにくいところで非常に地に足についたしっかり固まっていて、薄っぺらい印象は髪の毛ほども抱かないんですよね。こりゃあ、上手くステップアップしたなあ、と。上手いこと作風としての枠を広げられたんじゃないでしょうか、これ。【烙印の紋章】も、それまでの作品に比べても随分面白みが増した良い作品になったなあと思ってましたけれど、新シリーズでもこんなふうに枠と中身をさらに充実させてきたとなると、作家としての可能性もどんどん高まり伸びていくんでしょうね。ちょっと本気で見逃せない作家さんの一人になってきたかも。

これまでの作品との大きな違いというと、やはりキャラクターでしょう。特に、この人の描く主人公というのは根源的に孤独であり他人を自分の内側に踏み入らせない事に特徴があり、だいぶその辺りが緩和された感のある、というか主人公の孤独さが打ち破られるか否か、というところにテーマの一つがあったと目されるのが前作【烙印の紋章】であり、その影響からか主人公とヒロインがなかなか一緒に行動することがなく、なかなか面と向かって触れ合うこと自体なかったんですが、今回についてはビックリするくらい一緒に行動することに。というか、フィーネのかけた仕掛けによって、離れたくても離れられないという間柄に。
大言壮語ばかりして狡っ辛く、しかし根っこは善良でお人好しな愛嬌のある憎めない小悪党である主人公と、無表情で根っからの生真面目で堅物で色々と不器用な分、わりと暴走もしがちというヒロインの組み合わせは、お互いに与え合う影響も含めて思いの外良いコンビでありました。尤も、主人公ダークは小悪党である分自己保身に長けており、それってつまり自分の胸の内を他人にはなかなか明かさない人間であり、本質的な部分には他人を立ち入らせず壁を作ってるキャラでもあるんですよね。その意味では、これまでの杉原作品の主人公像から外れているわけじゃないと思うのです。あんまりそうは見えないけれど、ダークもまた「孤独」さを秘めた主人公なのではないでしょうか。
その観点から見ると、彼が聖剣団の幹部連中の身勝手さによって「仲間」を蔑ろにしていること本気でイラつき、相応の報いを与えてやろうと動いた事は、誰も信用していないはずの「小悪党」が胸のうちに抱えている孤独さと仲間という存在に対する複雑な心境の一端が伺えてなかなか興味深かった。
面白いことに、彼の狡猾さとそこに密かに混じった本音は、今回バラバラに成ってしまった聖剣団の幹部の一人に、何らかの絆みたいなものを繋ぐ事に成功してしまう。この幹部連中も、実のところカリスマだった団長以外には誰にも心を開いていない連中だったんですよね。彼らの信頼は団長にのみ向けられていて、仲間意識というものは皆無に等しく、絆なんてものは一切ない脆い関係だったことが、団長が倒れた途端に団がバラバラになってしまったことからも明らかだったのですが、今回の一件で少なくとも人形遣いは、団長個人への信頼以外の、決して強くはないけれどフィーネやダーク、聖剣団という枠組みに対する絆みたいなものを意識させることに成功したわけです。特に今回の最初の一人、ケルヴィンが人間恐怖症のきらいのある本気で団長以外の人間には会話もまともに出来ない、というキャラだっただけに、そういう人間に団を守るという意識を植えつけたのは、団長にすら出来なかった大きな変化だと思うんですよね。もっとも、それを成したダークは全然自分のなしたことの意味を知らないし、そもそも彼は周りを利用して自分はのし上がるんだ、ということしか考えてないのですが。
つまり、ダークは自分の預かり知らぬ所で、フィーネとともに団長とは別の形で幹部たちと関係を結び、一つの起点によってのみ支えられた脆い形ではない新たな聖剣団を構築していく、という流れになるのだと思うのですけれど……そうなると、彼の周りに絆で結ばれた集団が形成されていくにつれて、その中心にダークは取り残されていくのではないでしょうか。ダークは、そこで否応なく自身の虚勢を意識せざるを得なくなり、自分の孤独さを認識せざるを得なくなる。どこまで行ってこそ、フィーネの存在が重きをなしてくるはずなのですが、ともあれまだまだ始まったばかり。先のことばかり思いを馳せても的外れな事になってしまうかもしれないので、この辺りでやめておいて、今はただ小物にすぎないダークの狡っ辛い悪知恵によって、本物の英雄たちがきりきり舞いさせられる痛快さを堪能しておきたいところです。
しかし、聖剣団の幹部連中って、あの状況で勝手に飛び出していくって、能力こそ高くても脳味噌はゼロと言われても仕方ないぞ。

杉原智則作品感想