さまよう神姫の剣使徒 (富士見ファンタジア文庫)

【さまよう神姫の剣使徒(デュエリスト)】 すえばしけん/H2SO4 富士見ファンタジア文庫

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一つの都市と一つの迷宮を残し、虚無に喰われ果てた世界。戦いの先の栄光、冒険の果ての一攫千金、あるいは死。人々の糧と欲望、そして運命と奇跡―あらゆるものが眠る大迷宮“大いなる門”で、探索士・ユウキは一人の少女を拾う。「ここがソリトゥス、我が街か!神姫の帰還をたたえよ!」街を守護する女神―神姫であると自称する拾われた少女・ティナは失った力を取り戻すため、ユウキに協力を求める。「対価は持っていない。だから、私自身を買ってくれ!」運命から目を背けた探索士と、奇跡の力を取り戻すため奮闘する女神が織りなす“世界を護る”剣戟の迷宮ファンタジー。
これ、冒頭のシーン最初に読んだときは意味がよくわからなかったんだけれど、全部読み終えてからもう一度読み返してみるとかなりキツい話だったんですよね。一つの物語として、ここから始まったものを描いても十分面白いものになっただろうに、あくまでこれはもう取り返しの付かないくらいに終わってしまったお話のはじまりだったというのが切なくてたまらない。何も持たず持たない事に疑問を持つことすらしなかった子が、そこからあまりに多くのものを与えられ満たされて、そして与えてくれた人ごと全部奪われてしまうことの残酷さを何と表現したらいいものか。
これを認識すると、ユウキのどこか他者や周りの出来事から一線引いて距離を置くような在り様にも理解が及ぶ。むしろ、巧妙にそうした断絶を感じさせない彼の態度には拒絶よりも歩み寄りを感じるのだ。彼なりに、残させた生を真っ当しようという決意がそこから垣間見える。
だからこそ、それ以上の歩み寄りは期待できない。一度全部無くしてしまうまでに崩されてしまったものを、精一杯一つ一つ積み上げた結果が今ならば、それ以上もっと頑張れよ、と無邪気に押し付ける事が出来るだろうか。それが、どれほど残酷なことかを自覚しないままに。
所々で垣間見える彼の冷たさ、に似た虚ろさは深い深い断絶と、彼の失ったものの大きさを強く感じさせる。むしろ、よくここまで持ち直したな、と思えるほどに。彼を拾い店を遺した先代店主は、余程の人物だったのだろう。
つまるところ、このユウキという探索士を本当の意味で立たせる事は本当に難しいことだったはずなのだ。事実、彼に以前から関わっていたフランカという少女は、踏み込み切る事も自分の事情に立ち入らせる事にも厳密には失敗している。彼女だけでは、ユウキが自分に敷いた一線を跨ぎ越すだけの意志を芽生えさせられなかった。それをしたのは、間違いない、自らを神姫と名乗るティナその人である。
この少女は世間知らずで純真無垢という自然に強制力を発生させるファクターの持ち主ですが、ハッキリ言ってそれだけではユウキは動き切る事はしなかったでしょう。適当に折りの良いところで適当に見切りをつけて状況を濁していたのではないでしょうか。決して悲惨な結末には終わらなかったでしょうけれど、モヤっとしたものが残ってしまう、そんな終わり方になっていたのではないでしょうか。
それを許さなかったのは、ティナの明晰さでした。この娘は人を疑わない心の綺麗な子ではあるんですけれど、だからといって馬鹿とは程遠い賢明さと思慮深さの持ち主であり、鋭く強く心に訴えかける言葉を使いこなせる少女だったのです。健気さと献身さ、そこに人の上に立ち導く強さを併せ持つ、なるほどユウキとの関係を、「神徒」でありながら「ご主人」という従わせるものと従うものという矛盾した間柄に収めながら破綻させずに上手く成り立たせた彼女の不思議な在り様というのは、そんな彼女の強くも素直な性質にあったんだな。
ラスト近辺の、ユウキとティナの答え合わせはお互いの本質を曝け出しあった真剣勝負、という感じで何やら胸のすくような感じを受けましたし。考えもなく思いやりもなく自分を押し付け寄りかかる関係ではなく、深く思い思慮を巡らせその上で感情とともに自分を開いて心をぶつけあう末に芽生える関係だからこそ、輝くものもあるでしょう。それが、一度潰え失い絶望に暮れた者に再起を促すことになるのならば尚更に。
故にこそ、この際責任がより大きいのは、ユウキではなくむしろティナの方なのでしょう。彼女の前の人が、それに失敗している以上、もう二度とユウキに同じ思いを味わわせない責任が、彼女にはあるのですから。
その意味では、ティナに課せられたものはただのヒロインとしての者以上に重いと言えます。まだ生まれたばかりで何も知らないティナを守り教え導くのはユウキの役目であり、彼自身もそう思っているのでしょう。同時に、どこか彼にはその役割を継ぎ橋と認識しているような節があります。いずれ、違う誰かに託すものだと。彼自身の神徒としての役割は、既にもう終わっているのだと心の何処かで決めつけているように。
だから、本当の意味で誰が誰を守るべきなのか。その為に成長し見識を広め大きくならなければならないのは誰なのか。この賢明な生まれたての神姫さまは、ちゃんとそれを認識し、また決意も抱いているようですけれど。
頭が良くて、自分が背負うべきものをキチンと理解している覚悟のある女の子は、大好きです。
本作の作者であるすえばしさんは、HJ文庫でデビューし、あちらで良作と呼んで過言ではない長期シリーズ二作を書くべきところを余すこと無く最後まで書き切り、見事に完結させた人です。レーベルの注目度の低さやジャンルの地味さから知名度はさほどあがっていないようですが、実力は折り紙つき。個人的にもお気に入りの作家さんの一人、期待して損のない新シリーズのスタートですよっと。

すえばしけん作品感想