かくて滅びた幻想楽園 (富士見ファンタジア文庫)

【かくて滅びた幻想楽園(ディストピア)】 手島史詞/GAN 富士見ファンタジア文庫

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神獣によって支配、統治された世界。神獣の庇護の下、人々が平等に幸福を与えられる平和なこの世界の絶対のルールは―神獣への服従―。神獣の支配に対抗する組織“ウーロニクス”に所属し、自らを盗賊と名乗る少年リューは、外の世界に心を閉ざした少女クレアーレと出会う。「壊れるだけの世界など、もう見たくないのじゃ」「俺は君を盗む。こうして腕に収まった以上、君は俺のものだ」クレアーレを連れだし笑顔と希望を、そして神獣から全てを取り戻すため―かくて盗賊の少年は運命に抗い、神から世界を盗む壮大なサーガが紡がれる。
幸福なのは義務なんです♪ 幸福なのは義務なんです♪
思わず口ずさみながら読んでたら、あとがきできっちり言及されてましたディストピア風TRPG「パラノイア」。幸福なのは市民の義務、市民はコンピューター様の支配のもとで幸福に暮らしているはずであり、幸福でなかったり幸福に疑問を抱く市民はコンピューター様に対して反逆していると見なされ、ただちに処刑されます。
幸せですか? 義務ですよ? 果たしてますか?

とまあ、こんなふうに本作も神獣様によって幸福を与えられた人間たちが幸せに暮らす素晴らしい世界。そこに疑問の余地はなく、皆が笑顔で暮らす世界。人は他人に優しく親切で、物も心も満たされている。
人はそこを、楽園と呼ぶのでしょう。
ただし、そこに考える自由はない。疑問を抱くことも許されず、好奇心を抱くことも認められない。本人に悪意や叛意、体制に対する非難がなかったとしても、少しでも神獣様の支配の範囲を逸脱する言動を表にすれば、即座にして永遠に世界から排除されてしまうという、絶対が罷り通る楽園と言う名のディストピア。
しかし、そこには恐怖もなければ絶望もない、無知と思考停止によって成り立っているとはいえ、人々は平和に暮らしているのです。幸福によって満たされているのです。これもまた、一つの平和の形なのでしょう。そして、案外とこういう平和は受け入れられ、場合によっては無自覚に自らの手によって作り上げようとされゆくものだったりします。そして、それを妨げようとするもの、否定しようとするものは、往々にして悪と見なされ野蛮で平和を解さない暴力的な存在として徹底的に敵視され、排除する動きが生まれます。そして、排除される側もまた呼応するように理性を失っていき、敵視されるに相応しいものへと適応していく。
「ウーロニクス」という組織は、現状見ている限りの範囲では絶対支配に対する反抗組織としてはかなり健全な在り方を保っているといっていいでしょう。神獣という、わかりやすい敵対対象が存在するのも抗うものとしての真っ当さを保っている理由なのかもしれません。しかし、主人公のリューはそうした支配と反抗の対立から一線を引いた場所に立っている。面白い、彼に在るのは正義でも怒りでも憎しみでもなく、純粋なまでの果てしないまでの個人的な欲望だ。ただ一人の少女に思いを馳せ、彼女のすべてを手に入れることを望む我欲の権化だ。しかし、そのためならば神獣だろうと創造主だろうと神も世界も敵に回す事を厭わないという馬鹿さ加減に後ろ暗いところなど何もなく痛快さばかりが胸をすく。
そして、奪い尽くす代わりに与え尽くしてやろうというその姿勢は、その思想は、欲望の中でも「愛」という名のそれなのではないだろうか。だとすれば、盗賊などと名乗ってごまかしているけれど、実際のその在り方は、随分とこっ恥ずかしいものじゃあないか。しかしそれもまた、男の本懐。
良い男っぷりである。ただ、一途である分、もう一人のヒロインであるイオリがどれだけ割を食ってしまうのか、今の段階から心苦しいところではあるのですけれど。

手島史詞作品感想