まおゆう魔王勇者 「この我のものとなれ、勇者よ」「断る! 」 -7 (カドカワコミックス・エース)

【まおゆう魔王勇者 「この我のものとなれ、勇者よ」「断る! 」  7】 石田あきら/原作:橙乃ままれ 角川コミックス・エース

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歴代魔王の汚染から生還した魔王が過ごす、勇者たちとの穏やかなひと時。それは温泉や酒宴で大騒ぎしながらも、絆を再確認するものだった。しかし、忽鄰塔を控える魔界では、新たなる脈動が始まっていた――。
アニメ化されたのは、ちょうどこの冒頭あたりまでか。なにがあかんかたって、ご機嫌殺人事件の映像化がサッパリだったところだよな、うん。という訳で、頭のおかしい作者の綴る超人気作品「ごきげん殺人事件」シリーズが初めてビジュアル化されたのはこの石田あきら版が初めてです、初めてです。ななこーー!!

しばらく、魔界に篭っていたことで人間界の激変からはオミットされていた魔王だけれど、それはつまりこの激変には魔王は関与していないということ。メイド姉が紡ぎだした自由主義の萌芽をはじめとして、自分の手を離れ、想定していた範囲を超えてそれぞれの能力と意志で世界を広げていっている。手を引いて導くばかりだった世界が、撒いた種が芽吹くように独り立ちしていく、その事を感動の涙を流しながら祝ぐ魔王。このシーンは原作でも感動したものだけれど、こちらでも思わず目尻が熱くなるくらい魔王の気持ちに共感してしまった。

たぶん、私はちょっとだけ誇らしいんだ。
私の手柄じゃないけれど

ゲートは勇者の手により破壊され、地上と魔界を繋ぐ大穴は確実に両世界の距離を縮めるだろう。実際、同盟の正式な使者が開門都市と接触するに至っている。青年商人の主導によって、徐々に魔界との通商の可能性が導かれ出している。
そこで改めて問題となるのが、魔界と人間は共存できるのか。実のところ、両世界が繋がってしまった以上、共存は可能というのが両世界と関わったモノたちの共通認識ではあるんですね。開門都市という必要に迫られ生まれたとはいえ、実現している場所もある。ただ、その共存が安定した結果として常態化するまでに生まれる存在こそが、ここで問題視される。かつて、魔王がメイド姉に語った、戦争とは2つの存在が接触した時に発生する相互理解の為の必要なプロセスだ、というお話。そう、戦争は避けられない。ならば、魔王が志しているのはその際に発生する血をどれだけ少なく収めるか。世界を滅ぼさずにソフトランディングさせられるか。
そして、その想いをどれだけ多くの存在と共有できるようになるか、ということなのでしょう。
丘の向こうの世界を見たい、という想いを。
魔王と勇者という特別な存在だけが世界を導き結果をもたらすのではなく、無数の世界の中心となる存在が生まれ、多くの意思がそれぞれに世界を導き結果をもたらす世界。魔王と勇者が唯一無二ではない世界。
魔王が感動して涙したのは、まさにその萌芽を見たからなのかもしれません。

そして始めるは、魔界の意識改革。その端緒として、魔界八大氏族を中心として魔界全土からあらゆる部族を招いて行われる大部族会議「忽鄰塔(クリルタイ)」の開催を行うこととなる。
魔界の方向性を決めるこの大会議で、これまで人間界側中心だった描写が、ついに魔界側も並行して行われる事になるわけですが、八大氏族の族長たち、さすがみんな見た目インパクトあるなあ。

他、ちょこちょこと。何気にお客さんだった火竜公女が、ここで青年商人の生き方に大きな指針をもたらしてるんですよね。ここら当たりで、魔王と勇者に匹敵するパートナーが誕生しているわけです。
そして、人間側最大の英雄である王弟元帥の初見参。この人は、後々になるほど魅力の出てくる人物だけに、登場時はこのくらいの悪人顔でいいのか。
何故かある温泉回w
女魔法使いのモザイクがエロすぎますw いや、まじで自主モザイクがない他のシーンよりダントツにエロいからw
誰か偉い人が来て全員から武器を取り上げれば、そりゃ平和になるかもしれない。
だけどそんなものは、お父やお母にゴチンとやられてケンカを止める子供みたいなもんでしょう?
そんなのが本当に平和っていうんですかね?
武器を持ったままでも握手をできるから、平和っていうんじゃないですかね。by.東の砦将


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