フェノメノ 美鶴木夜石は怖がらない (星海社FICTIONS)

【フェノメノ 美鶴木夜石は怖がらない】 一肇/安倍吉俊 星海社FICTIONS

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「ようこそ、こちら側の世界へ」
夜石に出逢ったやつは七日後に死ぬ。夜石は生きた人間じゃない。夜石が参加したオフ会は恐ろしい結末を迎える― 。 知る人ぞ知るオカルトサイト、『異界ヶ淵』であたかも都市伝説のごとく語られる美少女“美鶴木夜石”に出逢ってしまった「俺」こと“ナギ”。ありとあらゆる怪異を詰め込んだ青春怪談小説を、注目の新鋭・一肇があの安倍吉俊とタッグを組み紡ぎ出す!
……あれ? クリシュナさんって、一肇さんの別作品で名前見たような覚えが。【幽式】の方で出てませんでした? ちょっと内容の細かい部分忘れてしまったので、元の本を探そうとして部屋を見渡して絶望した! こんな魔窟からどうやって発掘したらいいんだ。せめて場所のあたりがついていたら探せるんだが、検討もついていないからなあ。在るのは確かなのだけれど、在るからといって見つかるとは限らない。そんな不思議でもなんでもない不思議。
さて、仕方ないので自分の感想記事などから思い出せる分だけ思い出してみたけれど、キャラクターや物語の構成からして【幽式】のリメイクを意識した部分が見受けられる。主人公がヘタレなオカルトマニアだったり、彼岸に寄って立つヒロインに惹かれて何度も境界線上を行き来してしまっているうちに、自分の中の闇の存在に気付かされていく展開なども。【幽式】は結局一巻で閉じてしまい、続巻は出なかったのだけれどあそこで出来なかった事をもう一度一からスタートしたかったのかな。
そもそも世界観も共通しており、【幽式】では高校生だったクリシュナさんも、今では大学でビートニク研究会部長なんて事をやっている。相変わらずオカルトサイト『異界ヶ淵』を運営しつつ、触れてはいけない闇に首を突っ込もうとする人たちに警告を発し、面倒事に巻き込まれる子たちを世話して回っているようだ。どうも、男の気配がしないのは相変わらずのご様子で。

まあ最初は【幽式】の事はさっぱり忘れて読んでいたので、案の定というべきかただの好奇心で軽薄に怪異に首を突っ込んでいくナギの危機感の無さには不快と不可解さをつきつけられました。冒頭の「願いの叶う家」であれだけ怖い目にあっていながら、なんでまたひょいひょいと恐怖を忘れたかのように話題となっているオカルト話にハマってしまうのか。その時はナギの学習能力の無さというか楽観すぎるところにいらっとさせられるばかりだったのですけれど、冷静になって考えてみるとやっぱりそれって「異常」なんですよね。怖いもの見たさというものはどの人間にも少なからずある感情ですし、オカルトマニアともなれば尚更にその傾向にブレーキが効かない部分があるでしょう。しかし、ナギのそれは前回までの恐怖を一旦リセットしてしまったかのような躊躇の無さがかいま見えたんですよね。勿論、本当に以前に味わった恐怖を忘れているわけじゃありません。でも、覚えているのに躊躇がない……ゾッとしました。
魅入られてる?
普通に考えるなら、彼岸の向こう側に立ってしまっている夜石という少女と巡りあってしまったことが、彼の中の境界線を曖昧にしてしまった、と捉えてしまうでしょうし、クリシュナさんもどうやらそう考えていて何度も彼女との付き合いを考えなおせと警告しているのですけれど……彼が抱えていた事情が明らかになった後に振り返ってみると、前提がどこか食い違っていたことに気付かされるわけです。
「願いが叶う家」に暮らしたことで闇側に片足を突っ込んでしまい、夜石という少女が見ていた光景と同じ物が見える位置にナギが立ってしまい、そちら側に惹かれてしまったと思っていたんですけれど……深度こそ違えナギは最初から「向こう側」に寄っていた人間だったわけですね。だからこそ、夜石という異端に簡単に同調してしまった。クリシュナさんの警告と配慮は最初からやり方を間違えていたわけです。ただ、彼と夜石の邂逅はナギを更なる闇の深みへとハマってしまう危機を招くと同時に、じっと闇の底を覗くばかりだった少女にふと上を向かせる契機にもなったのでした。恐怖するということを喪って彷徨いながらそれを探し続けた少女は、恐怖に縛られ怯え切りながら、しかし逃げ出さない青年と遭遇し彼に覗きこまれたことで、逆に此岸へと意識が向くことになったのです。最初からナギが境界線上に立っていて、彼岸と此岸の両側に馴染んでいたからこそ、その橋渡しとなる存在となり得たのではないでしょうか。
最初に出会った頃から、少なくともオカルトスポットとなっていた病院を二人で探索するまで、夜石という少女は理解の及ばない怪物に近い存在だったように思うのですが、ナギが単なる好奇ではなく真摯な優しさで不気味な怪異にさせられた霊の生前の想いを守ろうとしたのを目の当たりにした時から、彼女は変化したような気がします。ただじっと覗きこむ者から、自らを変えてでも彼岸と此岸の間で固まったものを動かそうとする者に。意味と解釈を書き換えてまで、既に定まっていた形を変えようとする行為は、終端に至っている彼岸の側には行えない行為。病院の件でナギを助けようとした行為も、ナギを自身の闇から救い上げ、また彼岸の向こう側に安息を見出しながらも彼が差し伸べてくれた手をとって此方側に戻ってきた姿も、クリシュナさんが評したような彼岸の側に立っている存在では有り得ない在り様なんですよね。
悪意を避け、恐怖を見失い、自分の存在も拠り所も見失って現世を幽霊のように彷徨っていた少女にとって、ナギという存在は寄る辺となり得るのか。少なくとも、諦観の中に在った彼女をして諦めから抜け出す覚悟を決めるだけの価値が、彼と過ごした時間の中にあったのだと信じたいです。彼女がこの巻の最後に残した生きた言葉が、それを信じさせてくれそうです。
冒頭の不吉な語りが、そのままの意味では無いと思えるように願いながら。

一肇作品感想