ストレンジムーン 宝石箱に映る月 (電撃文庫)

【ストレンジムーン 宝石箱に映る月】 渡瀬草一郎/桑島黎音 電撃文庫

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妹と二人暮らしの高校生、月代玲音。ある日の放課後、彼は友人の文槻クレアに連れられ、地元の紅街中華街を訪れる。場違いな洋菓子店でメイド姿の双子と出会い、妙なケーキを注文する玲音だったが、異変の刻は彼の知らないうちに着々と近づいていた。封印を解かれた「マリアンヌの宝石箱」。その内側に封じられていたのは、かつて欧州を席巻した異能者、“皇帝”のブロスペクトとその部下達。街の裏側で暗躍する“キャラバン”の幹部、周皓月の掌に踊らされ、事態は混迷を迎えていく―異形の神と異能者達が紡ぐ騒乱劇!
心弥さん、この度は御結婚おめでとうございます。この度は、と言っても既に弓さんと結婚してからそれなりに経っているようですけれど、ちゃんとくっついてて一安心。元々年齢離れした落ち着いた性格していたけれど、大人になってますますイケメンになったなあ、心弥くんは。
世界観を同じくする【パラサイトムーン】シリーズから十年、ちなみにこの十年というのは【パラサイトムーン】シリーズの最後である6巻が出てから十年です。心弥くん以外にも、チラホラと見覚えがあるキャラが散見されて思わずニヤニヤ。忘れている部分も多かったので、登場キャラクターも一人ひとり以前出てたっけなあと確認しながらの読書でした。確認しているうちに話の内容も思い出してきたので、復習にもなりましたね。
ともあれ、主だったキャラクターはほぼ総浚えの新キャラのようで、旧作を知らない人にも優しい作りになっている……のかな? キャラバンや神群についてはパラムン読んでないと実感として把握できない部分も多いかもしれない。特に今回のブロスペクト派の能力とキャラバンの迷宮神群の力の違いについては迷宮神群についてちゃんと知ってないとなかなかわかんないんじゃないだろうか。迷宮神群とマリアンヌ、星詠みのエスハなどについては、むしろパラムンよりも前作である【輪環の魔導師】シリーズを読んでいたほうが詳細を知る事が出来るんじゃないでしょうか。
しかし、今回ときたら迷宮神群同士の、ひいてはキャラバン内の抗争を逸脱した、完全にキャラバン全体とブロスペクト派との全面戦争みたいな事になってますからね、初っ端からこれ大風呂敷広げまくりじゃないですか。戦記モノを含めた異世界編2シリーズを完結させたためか、再び現代劇に戻ってきてもスケールの大きい話をやってのける筆の見通しがついたんでしょうか、これほんとありったけの要素ぶち込んでますよ。
ただの対立する二派の抗争なら話は単純なのですが、ブロスペクト派がそもそも「マリアンヌの宝箱」に封じられていたかつてのブロスペクト派の人間たちの意志や能力が、現代の人間に憑依する形で顕現したために、元々なんの関係のない一般人もさる事ながら、キャラバンに所属していた人間たちも多数憑依されてしまったために、敵味方の勢力図が一瞬にして混沌と化しちゃってるんですよね。しかも、憑依された人間の中には封じられていた能力の持ち主の意思ごと乗り移られた者もいれば、能力だけ移されて意識は元の人間のまま、という人間もいて簡単にブロスペクト派に味方するという形にもなっていないし、元々キャラバンには敵意があって、という人もいて、人間関係がシッチャカメッチャカにシャッフルされてしまい、いやもうほんとに面白いですよ、何この状況!?
そんな中でえらい目に遭うのが特に三人。まず、主人公の玲音くん。彼、一見ヘタレで優柔不断に見えるんだけれど、折々でなかなか果断な面を見せたり、臆病者の意志薄弱に見えて守るべき一線を心得ているというか、一番肝心な部分を見失わないなかなか大した若者だったりします。ただまあ過去のトラウマもあってか自分に自身が無くかなり慎重な性格なせいか、間が悪いというかタイミングの掴み方が下手というか、とにかくそのせいもあってかとかく面倒な立ち位置に放り込まれ、今回のブロスペクト派復活にともなう大混乱の収集の鍵となる立場に立たされるわ、仲の良い友人がキャラバンとブロスペクト派に別れちゃうわ、毒婦の極みみたいな女に目をつけられるわ、トリックスター星詠みのエスハに玩具として指定されるわ、妹がヤンデレと発覚した挙句にとんでもない能力を持ってしまうわ、と幾ら主人公としてもハードル高すぎるだろう、という冒頭から難易度の高すぎる立場に立たされてしまってます、ご愁傷様。
とはいえ、彼の場合幼馴染のクレアを守る、という一番大事な部分はハッキリしているので、そこさえ見失わなければまだ何とかなりそうな気がします。「記録者」という貴重なアドバイザーが居てくれますしね。
むしろ、この場合クレアの方がかなりキワキワのところに立たされてるような気がします。この娘、最初のイメージでは才色兼備で要領の良い主人公にとっても高嶺の花になりがちの、出来るタイプの幼馴染かと思ってたんですが……読んでいるうちに、実はこの娘、相当にダメっ娘なんじゃないか、という疑いが、というか確信が。これは、友人たちにも認知されているようで

「涙ぐましいのは認めるけれど、クレアって割りと普通にアホだよね? 見た目賢そうに演出してる分、余計にそのアホさが際立つっていうか」
語ってる娘が毒舌風味というのもあるんだけれど、概ね残念扱いされてます。なんか、やることなす事意図に反して上手く行かなさそうなんだよなあ。色々と要領が悪そうなんだ。挙句、人間関係も皓月には深刻に憎まれてるし、玲音の妹の香恋には思いっきり嫌われてるし、と毒婦とヤンデレに敵視されているという立ち位置のヤバさ。皓月はともかく、香恋からの嫌われ方がちょっと酷いんですよね。これは香恋という娘が相当にヤバイ娘だったというのもあるんでしょうけれど、クレアの方も無意識に地雷踏みまくったんじゃないだろうか、という疑いが。どうも、良かれと思って悪手を選びまくるきらいもあるので、ホント心配ですよ、この娘。
ただまあ、クレアも玲音がいるんで大丈夫だろう、という安心感はあるんですが。頼りなさそうにしか見えない主人公ですけれど、幼馴染書きのスペシャリストたる渡瀬草一郎一流の幼馴染カップルですから、此処らへんは盤石です。
最悪、というか一番ヤバそうなのがこの人、羽矢田さんですよ!! 見た目いかつくて武闘派のヤクザみたいなおっさんにも関わらず、その内面はというと気配りと心配性と面倒見の良さと苦労性がえらい勢いで混ざってしまっていて、お陰で今回の一見で一番面倒と苦労を背負ってしまってるんですよね。実際、キャラバンの中でも山之内派の実働部隊の一隊の長として荒事、汚れ仕事に辣腕を振るう腕利きであり、リーダーとしても部下や仲間内から信頼されている人なのですが、それにしても本人が懸命に部下や身内の身を守ろうと最善を尽くしているにも関わらず、どんどん泥沼にはまっていくその過程の、いっそ美しいと言ってしまえるほどのドツボっぷりが、凄まじいの一言。もっと自分の身が可愛い人なら、ここまでドツボにハマらなかっただろうに、とにかく身内や部下たちを大切にして自分が不利益を被っても何とかしようと足掻くたびに、余計に身内や部下も巻き込んでズブズブのところにハマりこんでるんですよね。本人、悪気は無いことはわかってますし、それどころか滅茶苦茶良い人なのは、その心の声を聞いていると嫌というほど分かるんですが、間が悪いというか運が悪いというか。いやもう、ほんとにどうしてこうなったw
ただ、本人意図しないまま図らずもブロスペクト派でも重要な立場に立ってしまった以上、良識と自分の身を盾にしても身内を守ろうとする侠気の持ち主である彼、羽矢田さんが多くのキャラクターが悲劇的な末路を辿らずに無事にこの事態を乗り切るための切り札的、或いはストッパー的な立ち位置に立っているとも言えるんですが、部下の幾人かはブロスペクト派の意識を上書きされてしまうわ、皓月の無茶苦茶さに女王とクレアの最悪の関係に皇帝の正体、と巻き込んでしまった部下や巻き込まれてしまった後見人として見守ってきた玲音と香恋の兄妹をこの抗争で守るだけでも手一杯だろうに、あまりにも錯綜した状況に、羽矢田さんにとってはもう抱える頭が一つや2つでは足りてないんじゃないかという難易度の高さで、もう誰か助けてあげてください、ほんとw 間を置かずに胃に穴が開いて血を吐いて昏倒してしまうんじゃないかと真剣に心配になっちゃうじゃないですか。
もう一人の主人公じゃないか、と思えてくるほどの災難っぷりであります。特に最後の皇帝の正体はトドメだよなあ。あれは流石に予想していなかった。いつどの段階で覚醒してたんだ? 失踪から戻った羽矢田さんと面会していた時にはそんな素振りは見せていなかったけれど。
それにつけても、マリアンヌ・シリーズの傍迷惑さである。以前のパラムンの時からマリアンヌの遺産は大概にして大迷惑の発端だったからなあ。今回も往々にして、これである。
騒乱劇という標榜通りか、最初っからキャラを大量につぎ込む展開で、その意味でも大盛り上がりな事になってます。パラムンの頃と比べると、キャラの立て方もうまくなったというか何というか。面白い子も増えたよなあ。羽矢田さんの部下の時緒さんなんて腹ペコキャラにしても面白すぎませんか、この人?
あと、謎なのがくろとらくん。着ぐるみをずっと着たままなので正体も定かではないのですが、こいつも自由人というか、この性格もともとですよね? キャラバン関係者のようですし、もしかしてパラムンの頃からの再登場者だったら嬉しいんだけどなあ。

ともあれ、最初っからかなりのフルスロットルで盛り上げにかかったわ、人間関係のしっちゃかめっちゃかな入り組み方と感情の入り乱れ方、引っ掻き回し方がまた最高で、当人たちは深刻にエライコッチャなのだけれど傍から見ているぶんにはどうなるかさっぱりわからなくて、楽しくて仕方がない。メインとなる幼馴染の二人は、渡瀬さんの幼馴染らしく見ているだけでニヤニヤ出来る密接っぷりで、またぞろ堪能できそうですし、いやあ楽しみなシリーズ始まりましたわ。パラムンの続編というの関係なしに、これは面白いですぞ。

渡瀬草一郎作品感想