俺が主人公じゃなかった頃の話をする (MF文庫J)

【俺が主人公じゃなかった頃の話をする part1.一条ありすがメインヒロインな件】 二階堂紘嗣/館川まこ MF文庫J

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俺は三柴直道。この物語の“主人公"――では、ない。と思う。ラブレター事件(初めて貰った)をきっかけに幼馴染みの一条ありすが魔術師だと発覚した! さらに突然妹が甘えてきたり、学校一の美少女に迫られたり。モテ期か。
ありす、スズ、麻乃。各々が俺の“真の姿"を語る。でも三人が言う真実ってのは互いに全部、矛盾してるんだ。俺はそんなスゲー特別な主人公みたいな奴じゃない。「俺は普通の男子高校生だ。彼女いない歴=年齢の童貞男子だ。悪いか! 」「そんなふうに思っているのはあなただけ」「記憶のないうちに経験していたと言うのか! 」かくして俺は『日常系』を踏みはずす。超・日常系学園ファンタジー!
いや、十分君は主人公してるよ、直道くんよ。

三者三様、彼に対する証言は異なっている。
・強大な力を狙われた『無自覚な魔術師』だと証言する幼馴染 一条ありす
・『救世主』だと証言する妹 スズ
・因果の糸で結ばれた『許嫁』だと証言する同級生 細雪麻乃

彼女らの異なる見解の中で一貫して共通しているのは、三柴直道には秘められた強大な力が眠っている、という点だ。しかし、一連の事件において三柴直道に特別な力が覚醒して状況を打開するような展開は訪れない。彼は何の能力も持たず、発揮もしない一般人としてこれらの事案に直面することになる。だからこそ、彼自身自らを主人公などではない、と主張するのだろう。
彼は大いに勘違いしている。
異能に目覚めたり、大いなる力でババンと事件を解決する事が主人公の条件ではない。特別な力が無くたって、それが「=何も出来ない」ことを意味しているわけではないのだ。
重ねて述べる。彼は十二分に主人公らしかった。何の力も持たない普通の高校生であろうと関係ない。君は、ありすの為に時に火事場のクソ力を発揮したり、時に機転を利かせて絶体絶命の危機をひっくり返したり、と惚れ惚れするくらい「主人公(ヒーロー)」らしい働きをしていたじゃないか。
彼自身は、ヒーローはありすであり、自分はせいぜい囚われのヒロイン程度だと思っていたのかもしれないけれど、少なくとも彼は囚われたまま助けられるのを待つ無力なヒロインとは程遠い、一人の大切な女の子の為なら何だってやってのける格好良い主人公そのままだった。
そこのところを、残念ながら当人は自覚していないようだ。誰よりも彼のかっこ良さを知っていて、それを今のところ独り占めしているありすのヤキモキが透けて見えるようである。
ちなみに、本作の第一巻のサブタイトルは極めて正確に一条ありすというヒロインの立ち位置を示しているとおもわれる。
「一条ありすがメインヒロインな件」
そう、スズや麻乃には申し訳ないけれど、直道にとってありすって鉄板不動のメインヒロインなんですよね。彼が無能力者にも関わらず、平然と決断の一線を越えてしまうのはいつだってありすが絶体絶命のピンチに陥った時。それに、普段から直道がありすに抱いている感情は質量ともに芳醇で目いっぱいに詰め込まれ、彼女に向けて注ぎ込まれている。直道とありすの幼い頃の馴れ初めからしても、直道がありすに心を注ぎ込むに十分な出来事だったのだけれど、これほど主人公に絶対的な味方として寄り添われているヒロインも珍しいだろう。勿論、ありすも年頃の娘さんですし性格的にもやんちゃで無軌道な所のある天真爛漫な少女です。暴走することも、馬鹿な真似をしてしまうこともあり、そんな時は直道も怒ったり喧嘩したりしていて決して唯々諾々と従っているわけじゃなくちゃんと対等な相手として付き合っているのだけれど、そういうのとは別として、この少年はこの幼馴染の在り様そのものを全肯定している。何があっても最後には絶対に自分は君の味方だ、と誓を立てている。これほどの想いを傾けられて、ありすだって嬉しくないはずがない。
この幼馴染のカップルがすごく素敵なのは、どちらも片方を置いてけぼりにしてない事なんですよね。二人とも、お互いのことを自分に関わるものの中で一番大事にしていて、おそらく人生の中で一番重要なものとして位置づけている。しっかりと手をつないで同じ方を向いて同じ道をてくてくと同じペースで歩いているこの二人に、残念ながらなかなか入り込む余地は見当たりません。スズと麻乃さんの奮闘を期待するところかもしれませんけれど、ちょいと馬に蹴られて死んでしまいそうなんだよなあ。

とまあ、ラブコメ方面についてはどう見てもありす一強なのですけれど、この作品の面白いところ、或いは興味深いところはミステリー部分にあるようです。ミステリーと言ってしまうのはおこがましいのかもしれませんけれど、三柴直道に関する三人のヒロインの見解の矛盾がかなり面白いことになってるんですよね。
これで、三人のヒロインが有している世界観が全く異なっていたら、単なる同じ出来事を三者三様の価値観の違う視点から捉えた結果、異なる事象に見えている、という風に判断できるのですけれど、面白いことに三人ともそれぞれが所属している集団、もしくは思想・文化・異種組織についてはちゃんと認識しているし、そのあり様についてもある程度の理解が在る。決して、断絶が在るわけじゃないんですよね。それどころか、ある程度は共有認識すら持っている。
その上で、彼女らの三柴直道に関する見解は完全に食い違っている上に、彼が一時的に記憶を失っている廃校舎で起こったという事件については、ありすもスズも麻乃も現場に居たにも関わらず、明らかにそこで見聞きし体験した事象が異なっているんですね。まるで、3つの異なる事件が同じ場所同じ時間同じ人物によって発生したかのような「矛盾」が厳然と存在しているわけである。
それでも、まだこれは何らかの「勘違い」や「誤解」が錯綜した結果、矛盾しているようで実は同一でした、という答えが待っているのかと思ったら、最後の最後でまさに矛盾こそが正しい! と言わんばかりの強烈な引きを持ってきた事で、俄然ワクワク感が増してきたのでした。謎がある。間違いなく此処には謎が蠢いている。
ちょいと、これは面白くなって来ましたよっと。