人形遣い (ガガガ文庫)

【人形遣い】 賽目和七/マニャ子 ガガガ文庫

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世界はわたしを中心に回っているのです。

わたしの名前は坂上神楽。
凄くかわいくて頭が良く、芸達者で器用で立ち振る舞いも完璧。ダイヤモンドもはだしで逃げ出すとまで謳われる、まぁごく普通の世界的天才美少女である。
わたしのような、存在が主人公級の美少女というのは、やはりトラブルに巻き込まれるのが常なのである。そうした面倒に巻き込まれる自身の体質にだけは少し嘆きたくもなるものだ。
嘆いて、溜息を吐き、それからわたしは顔を上げ、ああ、溜息を吐く仕草すらも可愛らしい。そんなことを思いながら、胸に抱いた兎の人形を抱きなおし、二人の人物に視線を向ける。
壁際に追い詰められた、黒髪の少女と、狼面の男が一人。考えるまでもなく目の前の人狼が少女を襲っている場面なのだろう。
わたしはこのような人ならざる化け物を人知れず退治していく仕事をしている。そう、この『人形』を遣って――。

第7回小学館ライトノベル大賞、ガガガ賞受賞作。
イラストを担当するのは、ライトノベルの挿絵や原画などで活躍中のマニャ子。
このあらすじの自己紹介を見ると、主人公の坂上神楽は天上天下唯我独尊で増長しきったナルシストであり、他人を見下し蔑みきった天性の女王様、といった感じにしか見えないだろうし、本編も冒頭から自分以外の人間を人とも思わない言動でこの世に敵無し、と言わんばかりの傲慢な振る舞いで場面を蹂躙していく。
ところがだ。話が進むにつれて、彼女の意外な立場が浮き彫りになっていく。そこには、我が物顔でその強大な力を誇示することで、自分の好き勝手やりたい放題暴れまわる、なんて自由さなど欠片もない神楽の雁字搦めに縛られきった姿が見えてくる。
そうなると、彼女の傲岸不遜な立ち居振る舞いも決してその素の性格からくる自然な内面の発露、ではないことがわかってくるんですね。そう、何もかもが上っ面だけなのである。本来、このような増長しきった人格にあるべき自分自身への自信、というものが彼女には殆どない。というか、人としての中身がまるでないんですね。恐ろしくその中身は空虚であり、寄る辺となるべき自尊も持たず、何もかも諦めきって流されるがまま過酷で凄惨な環境を打ち破ろうとする意志もなく、いつか擦り切れ打ち捨てられる未来を漫然と受け入れてしまっている。
こんなにも痛ましく何も持っていない「俺様」な人物はなかなか見たことがない。結局のところ、彼女の他者を見下し傲岸不遜に振る舞う攻撃的な姿勢は、彼女を常に踏み躙ろうとしてきた周囲から自分を守るために築きあげた、諦めを受け入れている彼女の唯一の鎧なのである。と、同時に唯一神楽に優しくしてくれ、人間扱いしてくれた恩人が遺した、自分を好きになれ、という言葉を遵守するために作り上げた、歪ながらも切実で拙くも懸命な仮面、と言えるのではなかろうか。しかし、周りの人間達の人格も尊厳も全否定するような扱いを前に、自分に自信も価値も見いだせていない少女にとって、それでも自分を好きになれ、という絶対遵守すべき願いはどれだけ酷な事だっただろう。坂上神楽の「形」がこんな外側だけが絢爛豪華で中身は何もないガランドウ、といういびつで痛ましいものになってしまったのは、彼女の境遇を振り返れば悲しいかな、哀れかな、仕方なかったのかもしれない。
しかし、彼女は出会うのである。空っぽで諦めに満たされ、故人との思い出と恩義に縋るしかなかった心を埋め尽くしてくれる人と。
そうして、薄っぺらで脆い無機物の仮面のようだった坂上神楽の在り様が、色彩を帯び厚みを増し中身を得てキラキラと輝き出す。
そして、人形を遣う人形でしか無かった彼女が「人間」になったことで、諦めを放り捨て自分の未来を勝ち取ろうと、生きようとした時、彼女は気づくのだ。過酷で無慈悲で悪意しか与えられていないと思っていた自分の置かれた環境に、とても素敵な真実があったことに。

いやあ、これ読み終わってみると実は濃厚極まりない「百合」作品でしたね。自分自身すら持たない少女が、一人の少女と出会い、やがて自分にとっての唯一無二の存在となっていく。
うちに諦観を秘めた孤高を守っていた神楽が、出会った吸血鬼の少女と交流するうちに徐々にそのかぶっていた仮面にほころびを見せ始め、生きた人間の瑞々しさを取り戻していく様子は、少女二人きりの密度の濃い甘やかな交流も相まってか、なかなか味わい深いものでした。また、ただ二人きりの少女の世界、なんていうと閉ざされきってそれはそれで救いのないお話にも見えてしまうのですけれど、本作はラストで神楽の境遇について一つのパラダイムを仕込んでいて、その御蔭で随分と救われた話になった気がします。喪われた人との思い出は大切に抱きながら、今まで共にあった人との現在を見つめなおし、出会った運命と未来へとともに歩き出す。
閉塞感の強い話だっただけに、この開放感あるラストは心地よかったです。
しかし、あの叔父の人を悪し様に罵る罵詈雑言は、読んでてもこれは言われた人本気で頭に来るだろうな、冷静さも吹っ飛ぶだろうなあ、というなかなかマジに言われた人の心を逆なでするような威力ある罵倒ばかりで、ある意味すごかった。挑発されて頭に血をのぼらせる人って……、とこれまで思っていたけれど、これは怒っても仕方ないな。なるほど、挑発ってのはこういう言動で行うものなのね、なんかすごく納得した。