マージナル・オペレーション 02 (星海社FICTIONS)

【マージナル・オペレーション 02】 芝村 裕吏/しずまよしのり 星海社FICTIONS

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次なる戦いの地は、日本!
中央アジアでの戦いを経て、一年ぶりに日本に降り立ったアラタと2ダースの“子供たち”。彼らを待ち受けていたのは、空港での通り魔事件と、日本の国家組織を名乗る謎の女性“イトウさん”だった──。通り魔事件、イトウさん、新興宗教、そしてかつての上司と同僚……全てが結びついたその時、アラタは東京の市街での作戦遂行を決意する──。『ガンパレード・マーチ』の芝村裕吏が奏でる“現代の神話”、堂々の第二楽章開幕!
こうして見ると、日本という国は暮らしやすい国だとは思うんだけれど、それにはまず最初から日本という国に所属している必要があって、後から入ってきて生活基盤を構築するというのが非常に難しいところなんだよなあ。一個人や一家族ならば、それでも努力や環境の選択次第で何とかなるんだろうけれど、アラタの連れてきた子供たちみたいなケースだと途端に最難となってしまう。まあこういうケースの場合、日本だけがダメ、というわけじゃないんだろうけれど。
最初から、アラタも日本で子供たちを受け入れて貰えないか、と期待していたわけでもなく、そもそも一度外を見てきた事で、果たして子供たちが健全に育つ環境として、この国が適しているか、についても疑問を覚えてしまう。
ただ、どうかな。そういう教育環境としてこの国はアラタが思っているほど悪いとは思わない。ああいうモラルとかいうのは、周りの大人やコミュニティがしっかりしていてまともだったなら、往々にちゃんと育つものだし、アラタやオマルが付いているなら、それはそんなに問題じゃないんですよね。それなら、戦地にいて戦塵と人死に塗れるよりもよほどマシな環境だろう。だったら、なぜアラタがこうした点を危惧してしまっているかというと……他にちゃんと責任をもって子供たちを守ってくれる組織や環境があったなら、彼は子供たちを任せてしまう気満々だ、というところに問題があるのでしょう。結局、彼は子供たちを自分が守っているのは緊急避難だ、という意識が何処かに根ざしているんじゃなかろうか。最後まで面倒を見る、という意識がどこか欠けているきがするんですよね。ただ、それは当然なことでむしろ放り出さずにこうやって責任をもって子供たちを遣う、という形ではあっても子供たちを守り続けていることはとてつもなくえらいことで、誰にでも出来るという事ではないのです。でも、本当の意味で彼らの保護者じゃないんだよなあ、アラタは。
大人だったら放り出していますよ、という彼の発言は、彼の人間性を表していると同時に彼の子供たちに対する責任感が、愛情は無いとは絶対に言わないけれど、大きな義務感によって培われている事を示しているような気がするのです。
ジブリールの今回の日本訪問における、彼女らしからぬ情緒不安定さは、このあたりのアラタの自分たちに対する姿勢を正確に察していたからなんじゃないかなあ、と思う所で。
異性としてアラタを意識しているから、アラタの自分への接し方が子供に過ぎない事に対して苛立ちが募っている、という向きもあるんでしょうけれど、それ以上に彼女の不安感にはアラタに置いて行かれる、というような観念があるっぽいんですよね。最初、アラタの気持ちからしても彼女のそうした不安は過剰反応だろう、と思っていたんですけれど、上記したようなアラタの子供たちの姿勢に気づくとあながちジブリールの不安も根拠が無いわけじゃなさそう、と思えてきたわけです。
しかし、アラタの立場からすると自分が最後まで子供たちの面倒を見る、と言うことはどうやったって子供たちを戦場に送り込むことに繋がるわけで、出来ればさっさと自分の手元から離してあげたい、と思うのは仕方ないんですよね。対して、子供たちの方はジブリールを含めて自分たちが兵士として戦場で戦うことに全く疑問を持っていない。この齟齬が、この日本訪問でもジブリールを中心とした子供たちとアラタとの微妙な齟齬の起因となっていたんじゃないだろうか。
この齟齬と問題を解決するには、つまるところアラタが戦争以外で子供たちを全員養い教育して育てるだけの財を蓄える事ができるか、に掛かってるんだろうけれど、こればっかりは目処たたんわなあ。

あと、この日本は幾らなんでも物騒すぎです。さすがに、ここまで酷いテロはオウム事件以外この国では起こってないと思うし、これほどの事件を衝動や暴走じゃなく、作戦として行われてしまうような異常な治安状況にはなっていないと思いたい。少なくとも、表沙汰にはなってないし。アラタたちが活躍する余地がある国じゃ、まだ日本はないよなあ。

1巻感想