睦笠神社と神さまじゃない人たち (このライトノベルがすごい! 文庫)

【睦笠神社と神さまじゃない人たち】 深沢 仁/Nardack  このライトノベルがすごい! 文庫

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高校一年生の冬基は、睦笠(むつかさ)神社の神主である祖父と二人、神事をこなしつつ平穏な日々を送っていた。そんなある日、冬基は弱ったイタチを助けたのだが……。「我は、天と混沌の者である! 我のことはライと呼ぶがいい! 」――イタチは謎の美少女ライへと変化、神社に居座ってしまう。美少女の登場と共に息を潜めていた物の怪たちが暗躍を始め、奇妙な事件が起こり始める……。神社蘊蓄満載のちょっと不思議な新シリーズ、開幕です!
あれ? 神社薀蓄とかあったっけ? イタチというと、最近だと峰守さんの【ほうかご百物語】でイタチの怪異がヒロインでしたけれど、イタチの妖怪というのはやっぱりマイナーというかほとんど聞いたことがない。況してや、このライの正体である妖怪の名前を聞くと、あれ?それってイタチだったの? と思ってびっくりしてウィキって見たら、イタチの類と書き残している資料もあるようで、なるほどなあ、と。
とまあ、外郭だけ見るとよくあるかわいい女の子の妖怪が住み着いて、幼馴染の女の子と張り合いながらのドタバタラブコメ、という流れではあるんだけれど、肝心の主人公がラブコメできる状況じゃないんですな、これ。そもそも恋愛にうつつを抜かして居られるような、まともな人間としての感性を取り落してしまっているのが、今の彼、冬基の現状である。生きながら死んでいる、少なくとも魂の半分を幽玄の向こうに持っていかれてしまっている、というべきか。体は此岸にありながら、心は彼岸に惹かれてしまっている。常に曳かれてしまっている。ふと目を離してしまえば、目の前から居なくなってしまいそうな危うさが、在ろうとする意識の希薄さが、彼の存在感をゆらりゆらりと揺らめかせている。
朧の気、ライは彼の纏う雰囲気をそう表現していたが、なるほど朧のように冬基という少年の存在は不確かだ。
余程に、危うかったのだろう。こればかりは、常に幼いころから傍にいた祖父や幼馴染の綾乃よりも、知り合ったばかりのライの方が、知識もあってか危機感に駆られていたように思う。綾乃たちも、冬基の危うさを承知しているからこそ、目を離さないようにはしていたのだろうけれど、こればかりは「慣れ」てしまうものだから、ズルズルと行ってたんだろう。
面白いことである。本来なら、妖したる者は曳く側の者である。心が現世から浮いてしまっているものを見つけて捕まえ引っ張って行ってしまうのが幽世の存在である。神隠しに遭わせ、向こう側へと連れ去ってしまう、導いていくのが彼らの在りようだろうに。だというのに、ライは必死に自ら沈んでいこうとする冬基の足元にしがみついて、行くな行くなと声を張り上げるのだ。出会ったばかりの人間に、そんなに必死になって、ずいぶんと、お人好しなことだ。
魂にしがらみのない人間は、だからこそ平等で公平だ。だからこそ、冬基は普通の人ならば避けて通ってしまう物事も、ためらうこともなくスルリと手を差し伸べてしまう。決して、他者や物事の在りように無関心ではないのだろう。彼が事件へと自ら首を突っ込んでいく心理は、はたしてどんなものだったのか。いや、それよりも物怖じせずにズイズイと深みに嵌っていく彼を見守っていた綾乃とライの心境を思うと、なかなかに胸つまされる。一番つらいのはいつだって、どれだけ引き留めようとも手応えなく、無力に置いて行かれる側なのだから。
そして、忌避される存在でありながら、微塵も拒絶されずに受け入れられてしまったものの思い巡らしてしまった想いとはなんだったのか。「アレ」の抱いた複雑な心境を想像すると、なんとも微苦笑を浮かべてしまう。
手を握っていないと、背中から抱きしめていないと、縁を以て縛っていないと容易にフラフラと消えていってしまいそうなそれを、いつまでも離すまいと健気にしがみついている少女たち。自分が引き留められていることを感謝して、優しく笑える主人公。その儚さにはどこか落ち着かなさを感じるけれど、ふんわりとした優しさに満ちた良い作品でした。厳格で不器用な祖父の姿を見ていると、感情が薄い冬基の在り方はただ壊れただけじゃなくて元からの部分も少なからずありそうだなあ。子供の頃は元気良くても、成長するにつれて落ち着いてきた、その形の一端がにじみ出てると思えばなおさらに。

深沢仁作品感想