ドラゴンチーズ・グラタン2 ~幻のレシピと救済の歌姫 (このライトノベルがすごい! 文庫)

【ドラゴンチーズ・グラタン 2.幻のレシピと救済の歌姫】 英アタル/児玉酉 このライトノベルがすごい! 文庫

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ドラゴンとの戦いを経て友人となった二人―食で病気を治療する医学=食療学を学ぶ少年レミオ、人間とアイソティアの共存を願うアイソティアの少女アトラ。ぎこちないながらもヴィーディル食堂の一員として働き始めたアトラだが、奇妙な病の流行でロイスタは壊滅状態に陥る!治療用の料理を模索するレミオ、原因究明に奔走するアトラ。必死な二人の前に不思議な少女が現れ…。編集長の隠し玉としてスマッシュヒットとなった骨太ファンタジーの第2弾、いよいよ登場!!
脳天気なくらいに陽気で鷹揚、に見えて意外と繊細なアトラ。って、普通に読んでいればアトラが陽気どころか、むしろ繊細で内気なところの多い臆病な少女だというのは自明なくらいで以外でも何でもないか。
これだけ人見知りで神経質な子が、全く逆の馬鹿っぽいくらいに根明なキャラクターを自分に強いている、というのは多分に無理しているのを感じさせて、ハラハラしてしまうのだけれど、幸いな事にヴぃーディル食堂のメンバーはブラック企業とは程遠い、細やかな気配りや配慮をしてくれる人たちです。下手なことを仕出かして不用意にアトラの心を傷つけることはないので、その点に関しては安心してみていられたのだけれど……厄介なことに人に慣れていないアトラは、そんな心配りすらも負担に感じてしまうようになってしまっている。それだけ、彼女が人間から受けた仕打ちによって負った心の傷は深かった、ということなのだろう。にも関わらず、姉の志を引き継いで恥じ入ってしまうようなキャラクターを堪えながら演じつつ、世界面取り計画、なんていうアイソティアと人間の共存を目指す活動を続けてきた、というのだからアトラの切実なまでの願いとアンバランスさが今になって見て取れる。考えてみると、1巻の時はレミオという信用できる人もおらず、ヴィーディル食堂の面々をはじめとしたアイソティアを差別しない人たちとも出会っていない、もしくは出会ったことに気づいていなかったが故に、限界まで張り詰め続けていたせいで、アトラの本当に弱い部分というのはまだ見えてなかったんでしょうね。それが、自分一人で頑張らなくていい、思っていたのと違って世界は敵だらけじゃなかった、と気づいたことで余裕ができ、その余裕が逆にこれまで隠れていた彼女の歪み、素の顔を引き出してしまったのか。
よくまあ、これだけ人間を信じられない本音を持ちながら、裏腹の面取り計画なんてものを続けてこれたものです。一生懸命で自覚なかったのかもしれないけれど、辛かったんだろうなあ。本心ではむしろ、人間を皆殺しにしてやりたい、くらいの憎しみは抱えていたはずなのに。
憎しみは消え、しかしポッカリと空いてしまった穴を即座に埋めてしまえるほど、アトラの神経は大らかではなく、むしろ神経質さを抱えている彼女は、居場所を見失ってしまったわけだ。彼女の居場所はレミオが連れてきてくれたこの食堂にあったはずなのに、この娘の過酷な人生は、ここが居場所だよと言ってくれている人たちの眼差しに、全く気が付かないほどにアトラの心をすり減らしていたのかと思うと、こちらまでゴリゴリと心を削られるようだ。
一方で、アトラの旧友であるネフィスは、居場所を手に入れるために自分自身をも投げ出すような真似をしていた、強いられていたというのだから業が深い。アトラも大概自分の心の奥底と矛盾した活動を続けていたものだけれど、ネフィスのそれは緩慢な自殺ともいうべき矛盾であり、目の前の安堵に縋った逃避の極みである。
逃げた先に待っていたのが、最悪の人物だった、というのは運のなさも極まっているけれど、発端となった事件はのちのちまであちこちで悲劇を招いていたんだなあ。記憶を失ったとはいえ、アトラの姉ちゃんがたどった軌跡はまだマシだと思えてくる。結果的に、幸せを掴めたのだしねえ。
そう思うと、ネフィスはなんとかギリギリで崖っぷりで踏みとどまれたのだし、さらにアトラはというとここに来て、レミオをはじめとした良き人に多く出会えたのだから、まだまだこれからでしょう。レミオ自身が実践しているように、取り返しというのはつくものなのです。報いも償いも、人生も。
それらを顧みなくなると、たとえ英雄だろうと、ああいう有り様になってしまう、と。

しかし、今回は食療学というよりも、病理学とか薬学とかそっち方面じゃなかったんだろうか、これ。食事、はあんまり関係なかったような。食療学って、漢方的なものと捉えてたんだけれど、これはほぼ普通に特効薬、のたぐいだったもんなあ。……いや、普通にバイオテロに対する治療法、特効薬の確立、というお話で十分面白かったんですが。

1巻感想