キーパーズ 碧山動物園日誌 (メディアワークス文庫)

【キーパーズ 碧山動物園日誌】 美奈川護 メディアワークス文庫

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都内某所にある『碧山動物園』の飼育員を務める青年・鳥羽晴樹は悩んでいた。絶滅危惧種の肉食獣・アムールヒョウのガイア―。彼女を見るために幼い頃から動物園に通い詰め、その想いを胸に飼育員となった晴樹は、彼女の余命が僅かと知り、その死と、そしてその後の自分との向き合い方を見失っていたのだ。だがある日、悩む彼の前に不思議な少女が現れた。柵から逃げた暴れ馬をたちどころに落ち着かせ、知らないはずのその馬の名前まで言い当ててみせた彼女はなんと『動物の言葉が分かる』というが―?
もう随分と前に閉園してしまったのですけれど、二駅ほど先に動物園があったのですが、今もまだあったのなら、フラッと立ち寄ってみたくなりました。いい年をした大人になった今だからこそ、子供の頃と違った面白さがあると思うんでうよね。
これまで「絵画」「届け物」「音楽」というジャンルを手がけてきた作者、美奈川さんが新たに手がけたのが、動物園。これまでの作品が、人の人生というテーマを大きく意識させる物語だったのですが、さすがに動物相手ではアプローチも異なってくるのかな、なんてことも読む前は思いましたけれど……何の何の、とんでもない。生きている動物と半生にわたって向き合っていく飼育員という仕事は、何よりも「人生」を如実に表すあり様であり、そのクライマックスの圧巻とも言うべき演出は、むしろより迫力を持って演出されていて、最後のエピソードなんかもう涙が出てきました。ドラフィルのオーケストラによるクライマックスシーンでもそうだったんですけれど、ここぞという時のあの時間と空間が凝縮され切り取られたかのようなあの密度、濃度、特別さは何度味わっても圧倒されてしまう。凄い。なんか、余分なものが全部消え去って、そこだけに凝縮されるんですよね。本を読んでいてこの感覚はなかなか味わえないんだけれど、この作者の作品だとクライマックスではほぼ毎回味わえるので、たまったもんじゃありません、たまりません。
動物と話が出来る、というとドリトル先生なんかがあまりにも有名ですけれど、彼女―向島理央は動物と話せるものの、決して動物とお友達! なんていう浮かれた子供ではありません。そして動物の話がわかる、というとどうしても動物医療の話になっちゃいがちなんですけれど……本作はペンギンのアンの件なんかはありましたけれど、本筋としては喋れない動物から問診を得て、普通の獣医では気づかなかったり直せなかったりする病気や怪我に対処する、という方向には向かいません。物語の対象となる動物たち、アジアゾウのマーヤー。ガラパゴスゾウガメのジョージ、そしてアムールヒョウのガイア。彼ら彼女らは、決して多弁ではなくむしろ寡黙に口を噤み、自分を軽々と語ろうとはしません。そこには、彼ら自身の人生の重みがあり、彼らと半生に渡って付き合ってきた飼育員たち、来客たちの過去があり、今があり、先へと続いていくものが積み重なっているのです。だからこそ、彼らの口からこぼれ出る、理央を通して語られた一言一言が、あまりにも重厚であり、偉大であり、畏敬の念に打たれるのです。途中、主人公の晴樹がゾウガメのジョージに深々と頭を垂れるシーンがあるのですが、純粋な生に生き、そして死んでいく「生き物」という存在に対して、人は抗えようもないくらい敬虔な気持ちにさせられるときがあるんですよね。
そしてそれは、自分の人生そのものを、そんな動物たちと寄り添わせる事に選択した彼ら飼育員たちこそ、顕著に感じるであろうことであり、理央が伝えてくれた言葉はそれを明確な形として思い出させてくれるものだったのではないかと。
でもそんなメッセンジャーである理央こそが、自分の人生をどこに向けるべきなのかを悩み、迷った末にこの動物園に辿り着いたというのは意外でもあり、同じく自分の人生そのものだったガイアの死を前に、人生に迷いを得ていた晴樹の前に現れた、という縁に納得もする。

そして、ラストのガイアの気高さ。どれほど、それが見守る人々の心を揺さぶったか。なんて、美しい生き物なんだろう。なんて、偉大な獣だったのだろう。晴樹をはじめとした多くの人間の人生を魅了し、掴んで離さなかった女神の死。もう、言葉はありません。ただただこみ上げてくる敬意と感慨に、目尻を熱くするばかりでした。
自然を愛する、動物を愛する。言葉にすれば安直だけれど、真摯に向きあえば向き合うほど、その言葉は深みを得、深淵に至り、その意味を捉えきることは難しくなります。そこに苦悩が生まれ、迷いが生じ、立つべき寄る辺を見失って、立ち眩んでしまうのでしょう。しかし、それと向き合うことを決めた人たちがここに居ます。
動物たちの守り人(キーパー)として。そんな彼らと、彼らの愛を捧げられる動物たちの生き様の物語と出会えたことに、感謝。

美奈川護作品感想