ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン (4) (電撃文庫)

【ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 4】 宇野朴人/さんば挿 電撃文庫

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北域での過酷な戦争を生きぬき、多くの犠牲を払いながらも生還したイクタたちを待っていたのは、厳正なる軍事裁判だった。そして裁判のあとに開かれた軍議で、サザルーフは、イグセム元帥やレミオン大将といった高官たちに、ある突飛な要請を提案する。実はそれは、密かにイクタから託されたもので―。やがて帝国騎士の少年少女たちは、複雑な内政問題や激しい海戦に巻き込まれていくことになる…。話題沸騰の本格ファンタジー戦記、第4巻。これまでとは異なる戦いに立ち向かうイクタたち。その奮闘に注目せよ!!
なるほどなあ、なぜシャミーユ皇女が自らの手で帝国を改革しようとせず、わざと敗戦を誘因して国のありようを変えよう、なんていう他力本願で売国奴な方法を選ぼうとしているのか以前から疑問に思っていたのだけれど、どうして彼女がそういう考えに至ったかについてようやく理解が及んだ気がする。
前から自分はシャミーユの自分が泥を被らず血を流さず手を汚さず、他人任せで挙句に故国を敗残させようなんていう無責任な考えが気に入らなかったんですよね。さらには、それをイクタにまで押し付け彼に国や友人達を裏切らせようという行動が。
自分が先頭に立ち、障害は血の粛清を持ってしてでも打ち崩し、悪名を被ってでも自分の手で国を変えるんだ、という気概もないくせに、イクタを引っ張り込み、国家の敗戦という悪夢を招き入れようだなんて……と。なんというか、覚悟が感じられなかったんですよね。彼女の見せる覚悟には、自分はどうなってもいい、という覚悟はあっても、自分が責任をもって何とかしてやる、という負うべきものを背負う覚悟が感じられなかった。故にそこには壮絶であり悲壮ながら、軽薄であり無責任に感じられたのです。
……なるほどなあ、シャミーユ皇女にとって、皇族という立場はもう義務や責任を感じて背負うものではなく、存在が害悪そのものであり、消し去ってしまいたい悪であり、在ってはならない無価値なものだったのか。その絶望にはシャミーユ皇女自身も含まれていて、彼女自身が先頭に立って国を変えたり、未来を作る責任を負うなんて許されないと思っているようにすら見える。
この国を救うには、自分が変えるのではなく、自分が壊すことすらもおこがましく、ただ自らもまとめて今の体制を滅ぼし去ってしまわないといけないのだ、と。
なんちゅう、後ろ向きな……。いや、それならシャミーユの考え方もまあわかるんですよ。彼女が他力本願の他人任せなのではなくて、自分は責任を負ってはいけない許されざる存在なのだ、と思っているのなら。
でもそうなると、シャミーユの考えどおりに物事が進んだら、確実に誰も幸せになれないバッドエンドです。シャミーユは解放されても救われない。どうも若干その思想は誘導された節もなくはないですし。
となると、未だにイクタが返答を保留しているのも、見通しが変わってくるんじゃないでしょうか。どうやら、マイナスサイドに触れてしまっているシャミーユには、その分変化の余地がありそうですし。
とはいえ、じゃあどうやって国を変えるか、なんですよね。いや、この場合はどんな形に国を変えるか、のビジョンの問題か。この帝国、いびつなことに皇族貴族の腐敗、政府や社会体制の矯正しがたい歪みに対して、意外と軍そのものはまだ健全さを維持してるっぽい。どうやら国民の側も、軍に対しては信頼を寄せているようですし、現状曲がりなりにも国家が機能しているのは、軍部が各所で不具合のフォローに回っているからのようなんですよね。ただこれは、ほんとにいびつな状態で……こっからどうやったら健全な国家体制を再構築していけるのかが、ほんと難しそうなんですよ。この状態、放っておいても「志の高い軍人」が軍事クーデターを起こして軍事政権が誕生する、という歴史的パターンだし……と、思ったらどうやらその兆候がくっきり本編でも出てました。
これ、どう見てもクーデター自体が潰されるパターンなんですが、仮に成功したとしてもやっぱり軍主導の国家運営は上手くいかないんですよ。もうちょっと文明レベルが古かったらどうにかなったのかもしれないですけれど、帝国軍を見ると過渡期とはいえ軍のシステムがかなり近現代に入っちゃってるんですよね。名門の貴族が主導しているとはいえ、各々が勢力を持つ軍閥的なものからはだいぶ脱却しつつある軍組織では、組織としての完成度が高まっている分、専門外であり超法規措置となる国の運営は非常に難しい。どこかで絶対ほころびが生まれ、破綻してくる。かといって、貴族勢力が主導的立場になるのはもう時代遅れ。逆に民が主導するには民度が育っていない。なるほどなあ、ほんとにこれ、時代が移り変わる過渡期だわ。18〜19世紀の欧州や明治維新当時の日本なんかから連想しても、中世から近代への社会体制の変革は激動を伴うと言っていい。
既に先進的な社会システムが確立されている隣国から、ゆるやかに制御された敗北を受け入れることで変革を進めようというシャミーユの考え方は、あながち的外れではないのがまた困る。でも、ポーランドとかみたいになったら悲惨だよ。負ければ、国そのものがバラバラにされてなくなってしまう可能性だってあるんだから。
となると、若くて家柄が高いメンバーが居て全員に実績と名声と実力と志があり、しかし軍人としての地位はまだ高くなく閥を持たず軍という組織そのものへの帰属意識がまだ少ない、というイクタたちの「騎士団」が、シャミーユを神輿に立てて改革を主導していく、という流れは悪くないんですよね。
条件そのものは揃っている、と言ってもいい。黙ってうまく操られてくれる派閥に属さない上官が上に居てくれている、というのも最適だし。今回、マシューが海軍の名家の子となんかいい雰囲気になっているのも、若者たちの純情という微笑ましい観点を抜きにしてみると、人脈グループの拡大としてかなり大きな要素として機能しそうなんですよね。あとは、どうやって軍事政権という形にならないようにするか。最終的に、立憲君主制への移行が一番優良な形になるんでしょうけれど、つまるところシャミーユとイクタ次第になるんだろうなあ、このあたりは。つまるところ、これを敗戦によって他国の圧力とコントロールの元で虐げられ利用されながらやるか、自分たちで屍山血河を作り出しながらやるか。繰り返すけれど、こうして振り返ってみると条件は思っていた以上に整いつつある気がします。
もっとも、当事者であるシャミーユとイクタ以外は、目の前の戦争で自分のなすべきことを成そうとするだけで精一杯。ある意味、とても健全な成長を遂げている真っ最中です。特に、マシューは他の子たちと比べても特に能力が秀でているわけではない秀才タイプなだけに、その意識の高さには敬意すら覚える。もっと劣等感に苛まれてもいいでしょうに、自分で思っている以上に僻みなく上をむいていると思うんですよね、この子は。戦列艦の老艦長がマシューの資質についてはしっかりと見抜いてくれていましたけれど、彼の歪みや淀みのない程よい劣等感を糧にした向上心は、清々しいばかりです。彼の良さについてはむしろ仲間たちの方がわかっているようで、イクタたちの素直な賞賛と尊敬の念がマシューを歪ませずに真っ直ぐに鍛え上げている、と思えば、ほんとにいい仲間関係なんだな、と思えるんですよね、この子たちは。
海軍の初陣で大失敗をやらかしてしまった女の子をフォローしにいったのが、一番イビられていたマシューだというのも、なんかピッタリでした。あの彼女の自分の不甲斐なさ、無能さ、情けなさに打ちのめされ傷ついた心に何の負担も与えずに触れたのは、マシューがまさに適任でしたでしょうし。あれは、フラグ立ったよなあ。
一方で、鉄板的揺るがなさを改めて印象付けられたのが、イクタとヤトリの関係でしょう。あんな凄まじいシーン見せられたら、姫様もへこむどころじゃないわなあ。うん、あのイクタがヤトリの衣装を褒めたシーンは、凄まじいと言っていいと思う。逆にこの二人の信頼関係って凄まじすぎて、敵対しても裏切ってすらも揺るがなそうで怖いんですよね。その揺るがなさは、どんな状況になっても躊躇を呼ばないでしょう。信頼するがゆえに、入る隙間がないほど一心同体であるがゆえに、相手を思って躊躇うなんてことなく殺せるし裏切れる気がするんですよね。前巻でヤトリ自身も言ってますけれど、そうすることで自分の心が死ぬことを厭わなければ、躊躇うことはないのでしょう、二人共。そして、自分の生きざまを全うするのに、二人は自分の心が死ぬことなど厭わないはず。むしろ、他の仲間を裏切ったり手にかけたりする際の方が苦しみ悩みためらって決断し切れない可能性があるんじゃないかと思うくらいに。引き金は、決して重くないような気がするのが怖いんですよねえ。
今回は、次の本番である戦争が起こる前の準備編、という形でしたけれど、皇女の苦悩や帝国の体制の現状、今後の展望など考えさせられるシーンも多くて、変わらず歯ごたえのある内容でした。いやあ、厚みがあってホント面白いわ、これ。


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