俺の教室にハルヒはいない (角川スニーカー文庫)

【俺の教室にハルヒはいない】 新井輝/こじこじ 角川スニーカー文庫

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「今日も『涼宮ハルヒ』は来ないみたいだな」教室の一番後ろの席はずっと空席。全く登校してこない謎の美少女がいるって噂だ。俺は前の席に座ってるが、謎も何もない。俺には物語みたいなことが起こるはずはない―。なのに幼なじみのカスガは声優への道を歩み始め、送った帰り道、俺は偶然アニメ脚本家のマコトさんに食事に誘われ、気づけば色々な業界の人達に囲まれていた!?とてもミラクルで苦くて、少しだけ甘い青春の物語、開幕。
うわーああああ、こりゃあ完全無欠に紛うことなき新井輝青春ワークスだぁ!!
なんて懐かしい、いやもう懐かしいという思いを抱いてしまうくらいに新井輝成分を摂取するの、久しぶりだったんだ。そう、これですよ、これこれ。これが、私はそりゃっもうすんごい大好きだったんだ。このさっぱりとしているくせにしっとりとして絡みついてくるような、乾いているのに粘性を強く感じさせる人間関係の描写が、たまらなく好きだったんですよ。
正直、通常のライトノベルのラブコメや青春モノを読み慣れていると、この主人公のコミュニケーションの取り方はちょっと唖然としてしまうかもしれない。それくらい、何ていうんだろう、無造作なんですよね。しばらく疎遠になっていた幼馴染、初めて二人きりで遊びに行く女友達、初対面の美人な女性社会人、これまた初対面の全く縁がなかったアイドル声優。シチュエーションとして気後れや躊躇いを抱き、どうコミュニケーションを取るかについて色々と考えを巡らしてしまうところなんですが、このユウという主人公はその辺りの葛藤が殆ど皆無で、凄まじいまでにフラットです。いや、リア充になれるやつってすなわちこういう奴なのか、と思わず考えこんでしまうくらいに、他人と新しい関係を築くことへの壁を超える感が全くない。これで軟派なやつなら、下心がうかがえたり、軽薄さがにじみ出ているものなんですけれど、そういう雰囲気は全然ないんですよ。
作中で、女の話をちゃんと聞いてくれる人はモテる、という評価をされてるシーンがあるんですけれど、なるほどユウって凄くちゃんと人の話を聞いてるんですよね。それでいて、大仰に構えているわけじゃなく、自然と聴きこんでくれるので、多分相手も喋りやすいんじゃないかな。あんまり他人にベラベラをしゃべるのが気が引けるような自分のことを、しかも相手には全く関わりのない自分の事を、凄く気楽に話せる雰囲気を醸し出してる。相談する、って感じでもなくて、ほんとに聞いて欲しいことを、誠実に聞いてくれる感じがする。そこで語る自分のことを、彼は絶対にバカにしないし、逆に前のめりになってくるわけでもない。凄くフラットに受け止めてくれるわけです。これは、確かに手放しで聞き上手、といえるんじゃないだろうか。
……これはモテるよ。なるほど、本当にモテるやつってこういう子の事を言うんだ、と思わず深々と首肯してしまうくらい。しかも、このモテような老若男女の区別がなかったりする。マコトさんを介して知り合った大人たちも、彼のことは随分と気に入ってしまったようですし。
なんか、特にマコトさんとの付き合い方とか凄くないですか? 出会いの偶然はともかくとして、その後のご飯食べにいったり部屋片付けに行ったりするような関係に発展する要素がどこにありました? しかも、この奢られる関係というか、ユウの態度が凄く好感もてるんですよね。マコトさんが構うのもわかるわあ。
逆の立場から、偏屈でもコミュ障でもなんでもいいけれど、人付き合いが苦手な人からしても、このユウくんは一緒にいて凄く気楽で、でも無責任じゃなくしっとりと付き合ってくれて、喋りやすい、付き合いやすい子のような気がする。他人との関係を犠牲にするような、何かに一心に打ち込んでいる人にとっても、彼と接することは一つの安息になるんじゃないか、と思えるくらいに。
どうして、人生における佳境を迎えているカスガが、同じく煮詰まりを感じているアスカが、この時期にユウと接近するようになったか。余裕のない心の置所として、彼の存在を求めたのか、彼の人となりを思うと凄く納得できるんですよね。
しかし、そこまで大きな比重をかける相手として、ただの幼馴染とか友達という関係はもしかしたら圧倒的に足りない関係性だったのかもしれない。知らず知らず、気安さから、安息感から、彼に寄りすぎてしまったために、不幸なバッティングが起こってしまうことを、一体誰が予測できたか。こればっかりは、誰にも責任ないんだけれど……ホワイトアルバムのタイトルを意味深にあげないでーーっ!!
もう、ぎゃーーーぅ、ってなもんですよ。
決して真剣じゃなかった、というわけじゃないんでしょう。本当に悪い偶然に過ぎないバッティングでした。でも、同時にユウが受け身に徹していたから起こってしまったことでもあるんですよね。いや、この段階で受け身だったから、なんていうのは酷でしかないよなあ。彼にとって、カスガは大事な幼馴染ですし、アスカは思わず親身になってしまう友達だったんですけれど、ある意味それだけでもあるわけですしねえ。話を聞き、思ったことを誠実に告げる、それ以上を求めるのは酷というもの。ただ、自分が告げた言葉が知らなかったとはいえ、あんな形に二人を導いてしまう事になるというのは、キツいなあ。ユウ自身が参りますよ、これ。知らなかった、という事事態が聞き役に徹していてそれ以上知ろうとしていなかった、とも言えますし。繰り返しになりますが、現状の関係上、知ろうとする必要なんてどこにもないんですけれど、でも当人たちがどう感じるかは別問題なんだよなあ。

ああ、やっぱり面白い。この人の書く人と人とのお付き合いって、ほかじゃあ絶対にお目にかかれない独特の感覚が揺蕩ってて、読んでて本当に面白い。
超おすすめ。

新井輝作品感想