黒鋼の魔紋修復士8 (ファミ通文庫)

【黒鋼(くろ)の魔紋修復士(ヒエラ・グリフィコス) 8】 嬉野秋彦/ミユキルリア ファミ通文庫

Amazon

あの女を馬鹿にしていいのはおれだけだ。
圧倒的な力を見せたギャラリナを逃がしたとはいえ、アーマッド一行は見事ロマリックの叛乱を鎮圧した。しかし妙に冷たいディーの態度の変化に、ヴァレリアはもやもやした思いを募らせる。そんな折、ビトーの神巫ソルグンナが亡命を望みアーマッドに逃げ込んでくる。
国家間の信頼維持のためソルグンナを返還したい首脳陣の意向に反し、臆病な彼女を助けたいと考えるヴァレリアだが、その気持ちがディーと決定的な溝を生んでしまい……!
謀略疾る第8巻!

イサーク王子、黒いなあ。確かにこの人、政治的に有効なら手段は選ばないだけの冷酷さは垣間見せていたけれど、いくら有効とはいえあそこまでの事をやらせるほどとは思わなかった。ただ、効果を考えると凄まじいんですよね。この一手で政治的劣勢が一気に覆ったどころか、その相手の政治的な立場すら足元から崩してしまったわけですから。正直、今回の対局者は誰が見てもやり手で隙の見えない辣腕の政治家であり謀略家だったと思うのですけれど、乱暴な手とはいえイサーク王子はこれを完全に上回ったと言えますね。
やはりプレイヤーとしては、イサーク王子という人は逸材ですわ。ただ、この人が本当に黒いな、と思ったのはこの一手をわざわざディミタールにやらせた所でしょう。彼に汚れ仕事を押し付けたことで、国内の政局に対しても色々と杭を打つ形になってるもんなあ。
ディミタールとしては、ヴァレリアをこうした権力の闇からは遠ざけたいところなんだろうけれど、なんにも知らないお馬鹿だと、いつ知らずに地雷を踏んでしまうかわからないし、しかし段々と現実の汚さを知るようになると、無邪気に憧れていた部分にも黒いものが蔓延っている事が理解できるようになってしまうわけで、気づく余地が増えていってしまうという事でもある。そして、このヴァレリアという娘は、そうした闇に対して自分の信じた正義を主張しちゃう娘でもあるんですね。お馬鹿のままでも賢くなっても、結局危なっかしいことには変わりないという二律背反。この娘の場合は、賢くなることは正義に妥協を強いる事とは異なっちゃってるからなあ。それに、ヴァレリアの正義って、大仰なものじゃなくてほんとに素朴で人間としての基本的な部分に根ざすものなんですよね。だからこそ、政治的判断という現実が往々にしてこうした正義を踏みにじるものだと理解し実践している人種から、ヴァレリアは……だからこそ、好まれている部分があるんですよね。何も知らず知ろうとせず、ただ善意を振りかざす者は蔑まれるけれど、ヴァレリアみたいにちゃんと勉強して現実の冷たさを思い知った上で、しかし芯を曲げない人というのは結構好意的に見られるんですよね。もちろん、苦言を呈し、皮肉で蹴飛ばし、現実を思い知らせて踏みにじったりするんだけれど、この作品でも彼女に対して本当に冷ややかに接する人って殆ど居ないんですよね。
とはいえ、まだまだヴァレリアは世間知らずで政治力学を本当の意味で理解しているとは言いがたい小娘で、だからこそ今回は今までで一番致命的な事をやらかしてしまうわけです。今まではわからないからこそ身の程を弁えて余計なことに首はツッコんでも、ディミくんにお伺いは立ててましたしね。
うーん、だとすると今回の暴走は変に距離を置こうとしたディミくんにも責任があるとも言えるんですよね。果たしていつも通りだったら、ヴァレリアもディミくんに事前に一言相談してたような気もするし。
……いったいこれ、いつの間にこんなラブロマンスになったんだ?
よほど前回のロマリックの内乱での絶体絶命の危機が障ったんだろうか。ヴァレリアのディミタールへの感情は、もっと迷いが絡んでたと思うんだけれど、今回の様子見てたら自覚は無いにしろ、少なくとも無自覚の上では完全に定まっちゃってるじゃないか。一方で、ディミタールの方も彼は彼でかなり変なことになってるし。
もし、ヴァレリアからの一方的な感情だったらば、ディーもあそこまで露骨に距離置こうとはしなかったと思うんですよね。いくらなんでもあからさまな上に露骨すぎて彼にしては下手を打ちすぎてますもん。前回、ヴァレリアが傷つけられてブチ切れていたのは、やっぱりそういう事だったのか。今回の台詞なんか見てたら、それ以上に、こう、独占欲みたいなもんが根ざしてるもんなあ。
まさか、本当にここまでロマンスになってくるとはなあ。1巻の時は、あまりの仲の悪さに果たしてこれ、恋愛感情芽生えるんだろうか、と本気で首をひねったものですけれど……。

シリーズ感想