ビブリア古書堂の事件手帖 (5) ~栞子さんと繋がりの時~ (メディアワークス文庫)

【ビブリア古書堂の事件手帖 5.~栞子さんと繋がりの時~】 三上延 メディアワークス文庫

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静かにあたためてきた想い。無骨な青年店員の告白は美しき女店主との関係に波紋を投じる。
物思いに耽ることが増えた彼女はついにこう言うのであった。必ず答えは出す、ただ今は待ってほしいと。
ぎこちない二人を結びつけたのは、またしても古書だった。いわくつきのそれらに秘められていたのは、過去と今、人と人、思わぬ繋がり。脆いようで強固な人の想いに触れ、二人の気持ちは次第に近づいているように見えた。だが、それを試すかのように、彼女の母が現れる。
この邂逅は必然か? 彼女は母を待っていたのか? すべての答えが出る時が迫っていた。

浅はかなり!!
いやあ、思わず喝采してしまいましたよ。大助くん、よくぞ言った。彼のあの発言は、まさに思い上がった一人の女性の傲慢を粉々に打ち砕く無垢なるハンマーであり、心攫われようとしていた栞子さんの呪縛を解き放つ至言だったのです。痛快だったなあ。五浦くんの何の思惑もない心からスルリと滑りだした一言が、あの母親の魔を完膚なきまでに吹き飛ばしてしまったあのシーンは。人の心の奥底まで読むことが出来る、などと豪語していた智恵子の言葉を、彼は見事に覆してくれたのですから。
この素朴な青年の裏表のない心の中を読めずして、何が人の心の奥底まで読めるだ、深く交わらなくても人の心を知る事ができるだ。思い上がりも甚だしい、浅はかなり、浅はかなり、ざまあみろ。もう、あんたの虚ろな言葉は娘さんには届かない。そんな言葉が届く隙間がないほどに、あの瞬間栞子さんの心は満たされ奪い取られてしまったのだから。
完全無欠の大勝利である。五浦大助に、その自覚が全くないのが微苦笑を誘われるところか。
これまで、どこまで逃げようとも智恵子の全てを見通したかのような長い手は、囁きは付かず離れず纏わりつづけ、悪魔の誘惑は途切れないものだと半ば諦観を抱いていたので、まさかこんな形で五浦くんがやってくれるとは思わなかっただけに、痛快だったなあ。

五浦くんに告白され、自分の中に芽生えている彼への気持ちに気がついたものの、かつてからの自分への不信から安易にその想いに答える事が憚られ、一つの決着を求めて母を探す栞子さん。その間、二人の関係というのはあやふやな位置で宙ぶらりんに行き止まってしまったのだけれど、傍から見ているとそれでもイチャイチャしているようにしか見えない不思議。本人たちは真剣で深刻なんですけどね。
今回の各話は、そんな状況に照らしあわせてか、男女間の愛情、家族の愛情というところにスポットがあたっていた気がする。
志田さんの話は、最後まで自分も五浦くんと同じ勘違いをしていました。人に歴史あり、というけれど……。
あの奥さんの、あんな遠回りな手を使ってでも探したいと求めながらも、その繋がりが見えた時には食いつくこと無く、ただ電話して欲しい、とだけ願った心持ち。ナニカを新しく始めようというのでもなく、多分区切りを、ケリをつけようというのでもない、年輪を重ねたがゆえのもっともっと原初の、理由のない、理屈じゃない求める気持ちが、なんかねえ……思わず吐息が漏れてしまいました。
その後の二編もそうでしたが……過去というのは「思い出」なんて言葉だけでは括れない万感が刻まれてるんですよね。そして、この作品では「本」というものがその残滓を色濃く残している。中を読んだからと言って、全部わかった気になるのは、とても傲慢なことなのでしょう。その本の中身にとどまらない物語が、その作者、その所有者、その本に関わった者たちのモノとして、どこかに刻まれている。本の中身だけを読んで全部わかった気になるのは、とても寂しいことなのでしょう。
栞子さんは、中身だけではないすべてを内包した物語を伝える相手を、受け取ってくれる相手を、共有できる相手を、お互いに未知を与え合える相手を、選ぶことが出来ました。おめでとう、心からおめでとう、そう言いたいです。
もっとも、今度は物理的にそれを邪魔してくる災厄が訪れようとしている模様ですが。もう一人、決着を付けなきゃいけない相手が残ってたなあ、そう言えば。

シリーズ感想