メサイア・クライベイビィ 〜救世主はよく泣く〜 (スーパーダッシュ文庫)

【メサイア・クライベイビィ 〜救世主はよく泣く〜】 八針来夏/黒銀 スーパーダッシュ文庫

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人類が重力テクノロジーを発達させ、広大な宇宙に生息圏を広げて数千年。銀河の侵略者「帝国」により滅ぼされた故国奪還を目指す姫君リューン=サデュアルは、一人の少年と出会う。少年の名はヒノ=セレス。後に銀河中で“泣き虫な救世主”(メサイア・クライベイビィ)と呼ばれることになる、人類最強の重力制御能力者だった…!
 「あ、あの……ご、ごめんなさい。わらわ、おっぱい押し付けてごめんなさい」
「……さては君、馬鹿だろ?」
 泣き虫な救世主と巨乳姫君が贈る、超ド級重力バトルスペースオペラ、堂々開幕!!
この物語の主人公であるセレスは、サブタイトルにもあるとおり、実際に良く泣く。決して弱虫で泣くことしか出来ないような子ではなくて、生まれ育った特殊な環境のせいで、感情の発露がそのまま涙腺を刺激してしまう為に涙が出てしまう、という理由なのだけれど。でも、そのせいか彼からはダイレクトに涙を通して生の感情が伝わってくる。悔しさ、嬉しさ、悲しさ、恥ずかしさ、怒りと喜び。子供のような生の感情が涙を通してこぼれてくるのだ。それは、死人谷という人間が人間らしく生きることの出来ない世界の中で生まれ育った一人の少年が、泣くことで生まれ変わり「人間」そのものになっていくかのようなのである。
彼に限らず、この物語の主要な登場人物には「泣く」という行為が常に寄り添っている。愛する人達の行く末を想い涙するバリル翁。絶望に、悪夢に、悲嘆にくれるリューンの涙。機械生命であるが故にどれほど泣きたくても涙を流せないレイコ。そして自分の意志も自由も奪われて、唯一涙だけが囚われた心からこぼれ出すリザ。
泣く、という行為には、無意識にあふれだす涙という存在には、どれほどの心が込められているのか。どれほどの愛情があふれているのか。
愛ゆえに泣く、人だからこそ泣く。喜怒哀楽あらゆる感情に、涙という雫は寄り添っている。嬉しい涙をながすため、悲しみのために流される涙を止めるため、泣くことの意味と価値を誰よりも知っているからこそ、ヒノ=セレスは救世主として戦う事を選んだのだ。これほど、人間らしく尊い戦いがあるだろうか。
戦う相手は、涙の意味も価値も知らない、泣くことをそもそも知ることのない悪意の結露、愛を知らぬ真なる邪悪。人が人であることを根底から否定するすべての意志ある者たちの大敵。
まさに、宇宙を股にかける壮大な戦いの物語なのだ。相変わらず、この作者が描き出す思わずワクワクと胸が高鳴るようなスケール感は健在で、銀河武侠モノという前作のようなジャンルにはさすがに行けなかったみたいだけれど、もう根本的にそういう作風なのか、やっぱり人心の心構えというか、人間同士の親愛のつながり方が武侠ものっぽいんですよね。そこに愛があり、義があり、誠がある。プラスしてド派手にして躍動感あるエンタメ要素タップリの演出が敷き詰められていて、読んでて楽しいのなんの。
リューン姫さまのちょっとすっとぼけたキャラに、セレスとの初々しくも瑞々しいラブコメに、ヒョイッと玉を転がすように笑わせてくれるテンポの良いギャグに、と情感に訴えるテーマ、壮大なスペオペ要素だけじゃなく、軽妙なコメディタッチの部分も大変おもしろく、いい意味で隙のないさすがと思わせてくれる絶品でした。
ちょっと1巻である程度話をまとめるためか、慌ただしい展開や進展もあった感じだけれど、もしシリーズ化するならそのへんも落ち着いてくるんじゃないかな。キャラもすでに出揃ってますし。
テッカイオーが打ち切りとなると忸怩たるものがあるんですけれど、せめてこっちは頑張ってほしいなあ。応援してます。

八針来夏作品感想