ザ・ブレイカー 黒き天才、その名は (電撃文庫)

【ザ・ブレイカー 黒き天才、その名は】 兎月山羊/ニリツ 電撃文庫

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醜い人面皮をかぶり「恐怖の顔」と名乗る謎の男が、200人以上の学生を人質に高校を占拠する。交渉人として呼ばれたのは、重犯罪特殊刑務所に収監中の、ある少年だった―。少年の名はカナタ。彼は、100万人もの命を奪った毒ガステロに荷担したうえに、64人の刑事を殺害した罪で死刑判決を受けている「悪魔」だった。人質を殺しながら不自然な要求を突きつけてくる凶悪な篭城犯と、他人の命に価値を見出さない冷酷な悪魔が、手に汗握る知能戦を繰り広げる…!緊張感溢れるクライム・サスペンス!!

悪魔扱いされ、大量殺人犯の死刑囚という肩書を背負って稀代の悪人として登場した主人公のカナタだけれど、純然たる大悪人って、主人公として書くのは結構至難だと思うんですよね。なので、本作の主人公もあらすじから見ても、何かの理由があって罪を背負う事になったか、罪を被せられたかした子なんだろうとは思っていたのですが、案の定であり、もしくは期待以上の事情持ちでした。
前作でも前前作でも、背負うべき罪科から逃げない事、深い葛藤と責を果たす重さ、守るべき者を守る抜く決意について、ブレずに重厚かつ色彩鮮やかに描いてみせた作者ですから、本作のダークヒーロー像も真っ向から描いてくれるんじゃないでしょうか。
ただ、ダークヒーローというだけあって、彼からはもう既に葛藤とか躊躇いとかは振り切れてしまっていて、覚悟完了しちゃってるっぽいんですよね。既に目的を果たすために手段を選ばない決断をしてしまっているカナタは、もはや決戦兵器じみていて、もう迷ったり悩んだりする存在ではなくなっているので、事件解決の主体となる劇薬的主人公ではあっても、物語に感情の色をもたらす存在ではないんですよね。その意味では、カナタの妹であるリセこそが、もう一人の主人公なのかもしれない。
既に振り切れてしまっているカナタに代わり、悩み苦しみ、哀しみ迷い、真相の向こうにある想いの形を手繰り寄せてくる存在こそが、彼女なのです。同時に、彼女の存在こそがカナタという爆弾の起爆装置であり、彼の行動原理の中心であり、全てであり、リセの感情が、祈りが、想いこそがこの最終兵器の動く方向を決めるとなれば、この作品の要こそが緋上リセという少女にあると見做して間違いはないのだろう。

……誰だ、つまりはシスコンだろ?とか思ったやつ。

うんまああれです、ヒロインが妹という時点でもうそれでいいんじゃないかな、と。
妹を狙う下劣な輩共から彼女を守るためならば、たとえ罪に背負おうとも、悪に身を沈めても、いかなる手段を問わずとも、もはや一切の躊躇いなし。
まさに、たった一人のためのダークヒーローである。
終わってみれば、この第一巻は彼がダークヒーローとして再び活動を開始するまでの導入編。彼がCIRO(内閣情報捜査局)の一員として加わるまでの、序章だったというわけだ。
このCIROという組織も、一癖も二癖もある表沙汰に出来ないような集団なわけだけれど、さて仮にも組織の一員となる以上、果たして彼はこれまでのような孤高の存在として居られるのか。CIRO自体、所属するメンバーの殆どが一匹狼みたいなもので、協力しあうというよりも目的のために利用しあうような結びつきに、現状はみえるけれど……。なんというか、作者の前作の充実ぶりを見ていると、個人的にはカナタやCIROという組織のこれからの変化、も期待したくなるなあ。前作は残念ながら途中で終わってしまったのですが、今回は最後まで走りきってほしいものです。

兎月山羊作品感想