ミス・ファーブルの蟲ノ荒園 (3) (電撃文庫)

【ミス・ファーブルの蟲ノ荒園 3】 物草純平/藤ちょこ 電撃文庫

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巨大生物〈蟲〉によって変貌した近代。その右目に〈蟲〉の力を宿し欧羅巴の地に降り立った秋津慧太郎は、蟲愛づる魔女アンリ・ファーブルたちとともに訪れたパリの地で、自らの秘密を探り始める。
しかしその道行で彼らが出会うのは、逃げ切れぬ過去。クロエの、マルティナの前に訪れるそれは、花の都に
絶望的な崩壊を呼ぶ歌へと至り――そして慧太郎の前に、裸蟲たちの王にして、もう一人の"ジゲン流"使いが立ちはだかる。
まだ見ぬ荒園をめざすスチームパンク・ファンタジー、第3弾!
こ、こりゃああかん! 慧太郎、ただでさえ現実と理想の狭間で行き詰っていたのに、ノエという少女との出会いは彼の望む楽園の矛盾を突きつけられる事に繋がってしまった。彼の剣士としての凄まじい所は、たとえ精神的な迷いが生じても剣先が鈍る事が一切ない所で、その辺りなんか非常に示現流剣士らしい愚直さなんだが、逆に言うと作中で指摘されているように慧太郎自身は究極的には剣そのものであって、誰かを導く先導者という柄ではないという証明にもなっている。更にいうと、彼に剣先の迷いが生じなかったのは、どれほど否定されても答えを導き出せなくても、それが正しいものだという確信を、彼が持っていたからである。それが、自分の中から生じただけのものではなく、彼の信じる人によって導き出され、肯定された信念であるが故に。
何れにしても、対話によってではなく力を持ってしか意思を押し通せず、語るべき言葉は剣以上のものを持たず、思い描くべき楽園の姿すらハッキリと出来なくなった慧太郎に、ここから独りで再び遠のいた楽園をつかめ、というのは限りなく難しいように見える。
でも、だからこそ原点に還るべきなのだ、彼は。彼の素朴で拙い正論を肯定してくれたのは誰だったのか。慧太郎が荒園へ行くのだと望んだのは誰の影響だったか。彼に信念を与えてくれたのは誰だったか。そも、不器用な彼がたった独りで答えを出すなんて端から無理なのだ。背中を押してもらわなければ、一緒に考えてもらわなければ、彼はいつだってどこに進めばいいのかわからない。だからこそ、少年は誰も見たことのない地平を目をキラキラさせて見つめている少女に惹かれたのではなかったか。だからこそ、彼女に剣を捧げたのではなかったか。
そして、その彼女はやられっぱなしで、蚊帳の外に置かれて端役扱いされて、友達を勝手に無かったことにされるという形で奪われて、黙って引っ込むような、すごすごと逃げ出すようなおとなしい女だっただろうか?
今こそ二人はもう一度、二人でもう一度、この敗北から立ち上がらなければならない。一人では無理だからこそ、一人では遠ざかる楽園も、友達も、掴めないのだから。

裏切られ、斬り捨てられ、身体以上に何よりも心を叩き潰された少年少女達。その彼らの前に突きつけられる、欧羅巴最大の都である巴里の崩壊。
そう、この動乱も裏でうごめく陰謀も、何もかもがプロローグに過ぎなかったのだ。破壊と破滅の花がこの都に咲き乱れるのは、まさにこれから。これからなのである。まったく、なんつーものごっつい助走段階だ。

今回はストーリーにしてもキャラクターにしてもアクション描写にしても、尋常じゃなく動きまくっていた。久々である、こんな文章に襟首掴まれてぶん回されるような勢いは。
特に火花が出るかのような迫力だったのが、剣戟描写である。戦闘シーンなんてものは、それこそ大抵のバトル要素のあるライトノベルにゃ当たり前のようについているものですけれど、本当の意味でこれらのアクション表現描写力に際立ったものを有している書き手というのは、ほんの一握りです。この作者さんは、まさにその一握りだ。
当初、慧太郎の流派が薩摩示現流だと知った時には、またなんでそんな荒っぽくて器用さの期待できない流派の剣士なんかにしたんだろう、と疑問に思ったものですけれど……今となっては慧太郎の示現流のすさまじいまでの剛剣に魅入られるばかりです。男の格好をしていても女の男装と間違われるほどの可愛らしい外見とは裏腹の、剣の豪壮さ。それも、雑な力任せの剣とはまるで違う、裂帛の鋭く雷のような激しい剣腕。不退転の、死地にあって前へ前へと進むことで活を見出す豪胆さ。
雲耀を描くに相応しい、刹那の瞬間を幾重にも切り刻んだかのようなスピード感がキレキレに切れた描写の数々。今回は凄腕の武人との、呼吸するのも憚られるような息の詰まる攻防が幾つもあり、軽く酩酊状態に。
特に、最後の本命とのやりとりなんぞは……。いやもう、あれの正体が明らかにされた時には総毛立ちました。
あらすじにある「もう一人のジゲン流使い」って、なんで異国にまで来て同門と戦うなんてありがちな、広がりなく狭まるような展開を、と若干不満を覚えた自分の背中を蹴飛ばして踏みにじってやりたいです。
ジゲン流使い!!
いや、口絵で思いっきりネタばらししてるんだけれどさ……よりにもよってこのジゲン流!! そりゃ、これもジゲン流だけどさ!! 完全に頭がおかしい方の、薩摩っぽが薩摩を抉らせてしまった方のジゲン流じゃあるまいか! この流派については、軽く概要をみるだけで「これは頭がオカシイ」と誰がどう見ても理解できるくらいわかりやすくイカレてるので御照覧あれ。
ちなみにこのジゲン流剣士の人は、薩摩人としては頑固ではあっても考え方に甘さと優しさが敷き詰められている慧太郎と比べて、もろに古代から蘇った伝統的薩摩原人っぽいアレな人で、なんかすごい好きです。お近づきにはなりたくないですが。
彼にかぎらず、ノエや雪蓮、ミハイールといった多士済々の敵陣営。全てを掌のうえで転がしているかのような妖怪っぷりを見せつける政界の巨人アドルフ・ティエール首相。探偵ヴィドックや憲兵隊のボースメニル隊長など、味方サイドも彩色豊かでキャラ立ってるんですよね。ダーウィン先生の怪人っぷりには度肝を抜かれましたけれど。怪人じゃなくて変態か。マジ変態じゃねえか。
それ以上に、アンリ、クロエ、マルティナという三人娘こそが、慧太郎以上に行く末気になるところ。特にクロエは、肝心のあのシーン以降、敢えて意図的に触れずに終わっちゃったからなあ。どうなったんだーっ! という心からの叫びである。マルティナとの決定的な決別といい、ある意味この三人娘の話も作品の中核なんだよなあ。
ともあれ、この半端ない盛り上がりが前振りに過ぎなかったと知れた以上、果たして最高潮がいったいどのレベルまで至ってしまうのか、今からテンションが上がりっぱなしです。今、電撃文庫で超おすすめのシリーズ。激動必至の後編は間をおかずの来月8月発売。超楽しみですじゃ!

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