フェノメノ 肆 四回廊事件 (星海社FICTIONS)

【フェノメノ 肆 四回廊事件】 一肇/安倍吉俊 星海社FICTIONS

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―美鶴木夜石を、まともな女子高生にする。そんな決意も新たに夜石との同棲生活を始めたナギだったが、ふとした弾みで出会った心霊写真売りの小学生の女の子・七森赤音から売りつけられた“とっておき”の写真が、二人の暮らしに新たな怪異を呼び寄せる―!一筆×安倍吉俊のタッグが描き出す、ありとあらゆる怪異を詰め込んだ極上の青春怪談小説、急展開!
誰もが顔を背けて、もう終わってしまっているのだと言う。誰もが諦め、もう助けることは叶わないのだと忠告する。そんな多くの声に耳をふさぎ、止めようとする人たちに目も向けず、厳然と横たわる現実を無視して、もはや手遅れであろうものにしがみつこうとするなど、愚か者の所業である。しかし、得てしてそのような道理も弁えない、常理を理解できない、本能にすら従わない愚者こそが、既に終わってしまっていたはずのものをひっくり返してしまうのだ。彼らの愚直さが変えるのは、決して道理や現実ではない。終わることを受け入れた、地獄たる事を受け入れてしまった人の心をこそ変化させ、終わりという沼に浸したその心身を、這い上がらせる。そう、決して都合の良い偶然が起きたわけではない。ひたむきな努力こそが、献身的なコミュニケーションこそが、助けたいという願いが、終わらせたくないという祈りこそが、止まってしまった心を動かし、凍ってしまった魂を溶かすのである。
そんな奇跡を成し遂げる愚者を、私は真摯に尊敬する。そして、この物語の主人公であるナギもまた、そんなすくい難く得難い愚者の一人だ。
彼岸に心を寄せてしまった夜石には、もう傍目からはうかがい知れるほどの感情の波は見えない。時折物事の終わりの折にポロリとこぼす人を思いやる優しい言葉から、彼女の塗り固められた泥の奥にある素の姿を垣間見るのみだった。それだけでも、十分幸せな気持ちになれたのだけれど、この第四巻で見せた夜石の慌てて恥ずかしがっているあの顔は、ただの十代の多感な女の子のそれで、それを見た時の感動たるや……。そして、ネットワーク上で彼女が記した、偽りのない真の想いを目の当たりにした時の、胸の詰まるような思いたるや……。
私には今のところ、夜石がナギの望むようなまともな、普通な女子高生に戻れるとは思わない。どれほど穏やかな日常を過ごそうと、彼女が一度浸った闇はこびりついて生涯離れないだろう。夜になる度に、光の届かない影に入るたびに、彼女には陰がつきまとう気がする。魔が取り巻く気がする。
それでも、もし信頼できる相手が傍に居てくれるなら。彼女の闇に怯えない者が常に寄り添ってくれるのなら、まともではなくても幸せな時間が訪れると思うのだ。たとえ、いつか闇に取り込まれ、此岸から消え去ってしまうのだとしても、とても大切なものを、優しいものを、笑って思い返せる思い出を、残せると思うのだ。置いて行かれてしまった者に、後悔や絶望だけではない、温かなものを。
それだけの、確かな気持ちを夜石に取り戻させたナギは、どれほど愚かで馬鹿で短絡的で考えなしだったとしても、尊敬に値する。
……でも、だからこそ、そんな彼だからこそ、その娘を前にした時に無視できなかったのだろう。それを見捨てるということは、彼にとって夜石を見捨てるに等しい事だったのだから。夜石に親しい境遇にある彼女を見捨ててしまえば、もう胸を張って夜石の腕を掴んでコチラ側に引き戻す事が出来なくなるだろうから。
だから、この結果はもう必然のようなものだったのかもしれない。だが、ナギにとっても、夜石にとってもこのラストはあまりにも残酷すぎて、未だ衝撃さめやらない。これは、早々に次巻にとりかからないと。

シリーズ感想