ミス・ファーブルの蟲ノ荒園 (4) (電撃文庫)

【ミス・ファーブルの蟲ノ荒園 4】 物草純平/藤ちょこ 電撃文庫

Amazon

少年はそれでも、まだ見ぬ楽園を信じ、歩き続ける。蟲と恋と蒸気が彩るファンタジー、感動の第一部完!

〈右の剣〉クリザリッドに完膚なき敗北を喫した秋津慧太郎。友人だったはずの少女が敵となった、蟲愛づる魔女アンリ。
一族が秘めた真実を知った女騎士クロエ。そして姿を消した詠い手マルティナ。
それぞれに訪れた決定的な挫折の向こうに、少年たちは花の都の崩壊を見る。
パリの空に鎌首をもたげた〈冥王蟲〉を前に慧太郎たちは再び立ち上がり、そして――欧州の大地で二つの"ジゲン"の剣が撃ち合わされるとき、
〈蟲〉を宿す少年と〈蟲〉愛づる少女は、遠き楽園(アルマス)への小さく、けれど確かな一歩を刻む。
これはマジで凄いわ。こと剣戟シーンに関してはライトノベルでは当代屈指と言ってもいいかもしれない。とかく、剣の術理の細密さと豪奢さ、それにエンターテイメント性が見事に融合しているのが、ぶっちゃけとんでもない。
いや、ほんとに。多かれ少なかれ、ライトノベルの戦闘シーンって力任せなところがあって、たとえ動作の細かいところまで描写してあっても、それが実際の術理に合っているかというと微妙な面があるんですよね。あくまで、魅せるための派手さ、精密さなわけです。それはそれで構わない。面白ささえ際立っていれば、何の問題もない。いや、それでもこのレベルで戦闘シーンを描けている作品って、滅多ないんだよなあ。
本作に至っては、さてどこまで正当なのかは実際に剣術、それも流派に基づいた剣術を習ったり勉強したりしたわけなので、本当にその流派の術理にもとづいているのかはわからないのですけれど、少なくともここで目の当たりにしたのは、本物の「示現流」の術理、それも観念的なそれではなく、物理的な合理性を突き詰めきった身体操作と相対技術の究めなのである。しかも、それが理屈っぽくお勉強よろしく書き連ねられているのではなく、美しいまでの剣戟エンターテイメントを彩る絢爛とした背景として、そして剣士の踊る舞台の基礎として組み込まれているのである。その術理の凄まじさを描くことで、どれほどとてつもないレベルでの剣の応酬が行われているかを、なんとなく凄いなあという印象ではなく、しっかりとしたロジックを以って証明することで、より強烈に焼き付けるように読者に凄味を感じさせ、インパクトを与える触媒になっているのですな。
身体強化で人間離れした動きが出来るようになっているとか、頑丈になっているとかは、まるで関係ない。まさに術理をどれだけ収め、研鑽し、高みに至ったかが勝敗を分けるのだ、というのが頭で理解でき、実感として理解できるようになっているのである。
薬丸自顕流VS示現流、前回の攻防で堪能し切ったと思ったのは大間違い。べらぼうに面白かった。

今回はまさに意思と意思のぶつかり合い。その中で、一人確固とした「覚悟」を持たなかったノエは、唯一場違いだったのでしょう。それでも、まさかここまで慧太郎が圧巻だったのは予想外でしたけれど、この主人公ってこれまで相対してきた敵が尋常でない相手ばかりだっただけで、あとのクリザリッドとの第二幕を見ても、この年令にして示現流剣士として信じられないレベルに達しているんじゃないだろうか。いや、マジで剣技の妙に荒が見当たらない。示現流ほどの剛剣であり荒々しさを損なわない上で、恐ろしく術理の用い方が精密で繊細で老獪ですらある。ノエ、全然弱くないですよ? あれだけの力見せといて、弱いとかないでしょう。それを、あんな……慧太郎の格が違いすぎる。慧太郎ってこれ、普通にオレツエーで無双しててもおかしくないじゃろて。
それなのに、この子はこんなにボロボロになって、願いも祈りもままならず何度も何度も地べたに這いつくばって……それでも諦めずに立ち上がって、立ち上がれなくても這いずって前に前に進み続ける姿には、思わずこみ上げてくるものがある。涙がじわりと滲んでくる。
彼とアンリが望んだ楽園が、どれほど遠いものか、叶い難いものか、文字通り身体と心を切り刻まれて思い知り、ティエール首相のような、ブリュム・ド・シャルールのような、否定出来ない排除できない拒絶できない正義が厳然と立ちふさがり、より荒野の楽園を遠ざけるのを目の当たりにしながら、それでも諦めずに手繰り寄せようと、一歩でも近づこうとする姿は、主人公とヒロインの在りようとしてこの上なく敬意を感じる。本当に無駄で、出来もしない、絶対に辿りつけない所に向かおうとしているのなら、それはただの道化で、滑稽で、哀れにすぎないけれど、この子たちの声は確かに届き、その自身の血にまみれた歩みに賛同を示す意思は確かに生まれているのだ。首相が感嘆したように、もう空虚な理想を振りかざすだけの未熟な子供ではない。成長した彼の覚悟に、彼女の意思に、絶望しか持たなかった者が、そこに希望を見出すことも、未来を感じることも、確かに生じている。
雪蘭の、あの最後の言葉がどれほど救いになったか。自分はあそこで涙腺が決壊してしまった。
そして、多分繕うものも被るものも全部拭い去られて、なくなって心から素直になった二人が、アンリと慧太郎が手をつなぐシーン。あの口絵に描かれたシーン。アンリが泣きながら微笑んで慧太郎を励まし、運命を共にするシーン。ボーイ・ミーツ・ガールとはまさに究極として此処に至るべし、という頂きのような最高の一幕でした。そして改めて、またここからはじまるのだという、一部の終わりと始まりへと続くラストシーン。
とんでもないスケールで描かれた巴里崩壊という大事件は、この作品の第一部完結として文句なしの盛り上がりを見せました。これぞ、感動と興奮の大活劇! 

第二幕は舞台を巴里からアメリカへと移すということで、今度は欧州情緒あふれる雰囲気から新大陸特有の熱気あふれる空気感の中で、慧太郎たちの、示現流剣士、蟲狂いの魔女、欧州の女騎士というアメリカという土地とはエッセンスの異なる三人組に、マルティナも加わっての四人組が、どんな風にあの新大陸で活躍するか、想像するだけでワクワクしてきます。興奮がおさえきれん。
さすがに、二ヶ月連続刊行という荒業をやってのけてしまった以上、次がでるまではしばらく間を置かなければならないかもしれませんが、第二部開幕……待ってます。ずっと、ずっと待ってますよ? ヒーホウ!!

1巻 2巻 3巻感想